「リストラの星」宮地克彦さん現在は…廃校が新たな職場「諦めなければ、いい事がある」

[ 2020年8月7日 08:00 ]

「リストラの星」と称えられた宮地克彦さんが「バース・デイ」に出演する(C)TBS
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 西武、ダイエーなどでプレーした宮地克彦さん(48)が、8日放送のTBS「バース・デイ」(土曜後5・00)に出演する。32歳で戦力外通告を受けながらも決して諦める事なく、完全復活を果たし「リストラの星」と称された男の新たな挑戦を追う。

 宮地の野球人生は決して順風満帆ではなかった。1989年、18歳で投手としてプロの世界に入った宮地は93年に打者転向。打撃練習を重ね、ようやくレギュラーに定着したのはプロ入りから13年が経った2002年だった。3番バッターとして活躍し、西武3年ぶりのリーグ優勝に貢献。日本シリーズでも2試合で先発出場を果たし、31歳でようやくプロ野球選手としてスタートラインに立った。

 だが翌年の03年、右膝に痛みが発症し出場機会が激減。そして10月に戦力外通告を受けた。

 宮地は現役続行を目指し、ロッテ、近鉄の入団テストを受けたが不合格。横浜のテストでは本塁打を放ったが、膝に不安を抱えていたことを懸念され不合格に。最後の望みをかけて12球団合同トライアウトへ挑むと、ダイエーから入団のテストの電話が届き、見事合格をつかんだ。

 32歳、新天地で迎えた04年は、規定打席には及ばなかったものの3割を超える打率を残し、翌05年には首位打者争いにも名乗りを上げた。さらにオールスターに初めて出場。戦力外通告後に返り咲き、34歳でキャリアハイの成績を挙げた宮地を、新聞は「リストラの星」とたたえた。

 「諦めなければ、いい事があるんだなって」と振り返る宮地。その後はソフトバンク、独立リーグでプレーを続け、2007年、36歳で現役生活を終えた。現役引退後はソフトバンク、西武のコーチを経験。そして、栃木県小山市にある廃校になった小学校が、宮地の現在の職場だ。仕事仲間は20代から30代の女性たち。「男性よりも忍耐は女性の方があるのかな」と自らの経験から分析する。

 宮地の現在の職業は、17年間プロ野球で戦い続けた経験が大きく関係していた。引退から13年、宮地が第2の人生に選んだ仕事とは。

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