【岩手】涙こらえ…大船渡・佐々木の夏、投げずに終わった 国保監督「故障防止」

[ 2019年7月26日 05:30 ]

第101回全国高校野球選手権 岩手大会決勝   大船渡2―12花巻東 ( 2019年7月25日    岩手県営 )

<大船渡・花巻東>試合後、タオルで涙を拭う佐々木(撮影・久冨木 修) 
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 「令和の怪物」最後の夏に“無情の幕”が下りた。最速163キロを誇る今秋ドラフトの超目玉、大船渡・佐々木朗希投手(3年)は25日、花巻東との岩手大会の決勝で登板を回避。4番打者としても出場せず、2―12で敗れ35年ぶり2度目の夏の甲子園には届かなかった。前日の準決勝で129球を投げた疲労などから、国保陽平監督(32)が故障防止を理由に欠場を決断。仲間と目指した甲子園の夢に終止符が打たれた。

 みんなで目指した夢が消えていく。ラストサマーの終焉(しゅうえん)。そのシーンを佐々木は三塁ベンチから見ていた。こんな終わり方なんて、考えてもみなかった。

 「負けてしまったけど、みんな頑張ってくれたので誇りに思います。苦しいこと、つらいこと、この仲間だから乗り越えられた。大船渡で良かった」

 その目はもう真っ赤だ。2―12。花巻東に完敗だった。試合後のベンチ。泣き崩れる仲間たちの中で必死に涙をこらえていた。「一緒に甲子園へ行こう」と自ら声を掛け、みんなで大船渡へ進学。厳しい練習に耐え、夢の舞台まであと1勝まで迫り、敗れた。ただ、その決勝のマウンドに立てなかった。だからだろう。仲間と一緒には泣けなかった。

 決勝の登板回避。この日朝の練習で国保監督に告げられた。「そうですか…」。短くそう答えた。21日の4回戦で延長12回194球を投げ、中2日となった前日の準決勝は129球で完封。この日の体の状態を見た国保監督が「故障防止」を理由に欠場を決めた。ただ、佐々木は出力を抑えてバランスよく投げるなど連投するために入念な準備をしてきた。閉会式後の会見。「監督の判断なのでしようがないです」。10秒近い沈黙の後、そう言った佐々木は続けて「高校野球をやっていたら試合に出たい、投げたい思いはあります」。そして投げられる状態だったかと問われると「はい」と答えた。

 仲間の思いを背負ってきたから投げたかった。11年の東日本大震災。小学3年だった佐々木は父・功太さんを津波で失い、陸前高田から大船渡へ引っ越した。それでも、野球はやめなかった。幼なじみの及川恵や千葉主将らは練習場がなくなり、石ころだらけの広場で練習。木下は仮設住宅が建てられた校庭の隅っこでキャッチボールをした。震災を乗り越え、野球を続けた仲間たち。「みんなを甲子園へ連れていきたい」。その願いは最後についえて「(甲子園は)遠かったかなと思います」と言った。

 この夏。佐々木は4試合29イニングで435球を投げた。公式戦での高校最速160キロで51奪三振。全ては仲間たちのためだった。「(国保監督の決断は)ありがたいこと。その分、将来活躍しないといけない」。進路の明言は避けたが、これまで通り国内プロが有力。「令和の怪物」の夢は次なるステージへ続いていく。(秋村 誠人)

 ≪U18W杯代表濃厚≫佐々木は、8月30日から韓国で開催されるU18ワールドカップ(W杯)の高校日本代表に選ばれることが濃厚。4月には1次候補合宿に参加している。代表メンバーは8月21日の甲子園決勝後に発表。翌22日に集合し、26日に大学日本代表と壮行試合(神宮)を行う。甲子園の夢は絶たれたが、今度は侍のユニホームを着て世界デビューを果たすことが濃厚だ。

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