「探偵ロマンス」作者・坪田文さん 「脳でしびれて心で揺れる」

[ 2023年1月29日 08:30 ]

ドラマ「探偵ロマンス」でコンビを組む平井太郎(濱田岳)と白井三郎(草刈正雄)(C)NHK
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 【牧 元一の孤人焦点】主人公のこのセリフが作品の面白さの要因を端的に表している。「分からない。だから知りたい」。NHK「探偵ロマンス」(土曜後10・00、全4話)はさまざまな人物が重層的に描かれ、一筋縄ではいかないドラマだ。

 オリジナルストーリーを書き下ろした脚本家の坪田文さんは「『知りたいと思える人物』を構築していきたかった。私たちも実際、初対面の人を理解するのは難しい。普通に生きている人は『自分はこういう人物』という名刺を配って歩いているわけではない。その人が口で何か言ったとしても本当は何を考えているか分からない。『探偵ロマンス』は太郎(主人公)が見たものを私たちがもう一度見るという世界観のドラマで、太郎の目を通すと、どの人物も怪しく見えるということを意識して書いた」と明かす。

 ドラマは作家の江戸川乱歩の誕生秘話で、のちに乱歩となる平田太郎(濱田岳)が初老の名探偵・白井三郎(草刈正雄)と出会い、難事件に巻き込まれる。会員制秘密倶楽部の女主人・蓬蘭美摩子(松本若菜)、倶楽部の会員の外務次官・後工田寿太郎(近藤芳正)、貿易商・住良木平吉(尾上菊之助)らのほか、踊り子・お百(世古口凌)、太郎の文通相手・村山隆子(石橋静河)ら周辺の人たちが複雑に絡み合い、見ている側としては、人物それぞれを理解し、事件の核心を見定めることが容易ではない。

 一度見ただけではよく分からない。だからもう一度見る。二度目の方がより面白さを感じる。そして、深みにはまっていく。

 坪田さんは「乱歩先生の作品は、分からないから気になって読むというところがある。この人は何を考えているんだろう?この人のことをもっと知りたい。そう思って読めば読むほど気になる。乱歩先生のエッセー『わが夢と真実』には、うそか本当か分からないようなエピソードがたくさんあって、これを書く人はむちゃくちゃ面白いと感じた。乱歩先生には『夜の夢こそまこと』という言葉があるが、それが刺さって、ヒントになった。太郎が見たものは夢かまことか分からないという世界観を作りたいと思った」と説明する。

 さらに、このドラマの見どころの一つにアクションシーンがある。第1話には三郎が竹ざおを利用して飛んで蹴ったり小皿を手裏剣のように投げつけたりする場面、第2話には三郎が曲芸のような動きで相手を倒すことを空想した上で「それは無理だろ」と太郎に告げる場面があった。緊迫した展開の中で笑いを誘う仕かけだ。

 坪田さんは「私たちの中に『活劇』をやりたいという思いがあった。どうしたら活劇っぽくなるかと考え、参考に昔の映画『インディ・ジョーンズ』などを見て、どこかコミカルな感じがあった方がいいと思った。このドラマのセリフを最初に考える時、太郎と三郎が歓楽街の店の2階で話すシーンをまず書いたが、『じじいが窓から飛び降りる』ということを絶対にやりたかったので、三郎が2階の窓から飛び降りる場面を入れ、それを見た太郎の『なんてじじいだ』というセリフを書いた。このドラマは『なんてじじいだ』を楽しむものなのだと思う。アクションシーンは元々コミカルに書いていたが、演出とアクション監修に何倍にも膨らませてもらった」と話す。

 このドラマは全4話。最終話では事件が解明され人間模様の全体像も明確になるとみられるが、作品の世界観が深いだけに、残り2話で全てを描き切るのは難しそうにも見える。

 坪田さんは「全4話というのは、きれいに起承転結になるが、ゆとりみたいなものをなかなか入れづらく、難しい面もあった。登場人物それぞれの物語を考え、その先のことも考えたので、もう少し詳しく描きたかったという思いはある。みんなで続編を作りたいと思っている」と語る。

 とはいえ、まずは第3話と第4話だ。第2話のラストでは太郎が新たな事件の予告状を目にした。ここから物語はさらに激しさを増していくとみられる。

 坪田さんは「1回、さっと見て、真綿で脳をぎゅっと締められる快感を覚えていただき、もう1回、自分の気になったところを、自分の感性を信じて見ていただけるとうれしい。脳でしびれて心で揺れる。そんな探偵活劇になっている」と語った。

 今週末も至福の時を過ごせる。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局総合コンテンツ部専門委員。テレビやラジオ、映画、音楽などを担当。

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2023年1月29日のニュース