【内田雅也の追球】「子育て」のような育成――阪神が挑む勝利との両立

[ 2019年8月22日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3―1DeNA ( 2019年8月21日    京セラD )

「親子キャッチボール」イベントに参加した高山ら阪神ナイン(撮影・井垣 忠夫)
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 試合前、阪神が練習を終え、DeNAが始める前、午後3時半ごろだった。京セラドームのグラウンドで「親子キャッチボール」が行われた。阪神公式ファンクラブKIDS会員に向けた夏休みイベントだ。

 20組はいたろうか。途中から監督・矢野燿大やコーチ陣、鳥谷敬や能見篤史ら選手も混じり、歓声があがっていた。

 「野球は父子相伝の文化」と言ったのはロジャー・カーンである。『輝けるアメリカ野球』『夏の若者たち』……など野球の著書も多い作家は親から子へ、野球が持つ協同、勇気、不屈……といった精神まで引き継がれていく様を語った。

 特にキャッチボールは意味深い。作家・重松清の短編小説『キャッチボール日和』=『ナイフ』(新潮文庫)所収=で父親同士の会話がある。

 「息子の生まれた父親って、キャッチボールするのが夢だって、よく言うだろ。(中略)それ、なんでだと思う?」

 「さあ……」  「キャッチボールは向き合えるからだよ」

 息子と面と向かい、ボールとともに心を通わせる。子育てに通じる。

 阪神が直面する問題も要するに子育て、つまり選手の育成である。もちろん、日々勝利を目指すのだが、勝ちながら育てなければならない。

 春に種をまき、日照りの夏に水をやり、もうすぐ収穫の秋が訪れる。今季はよく育ったろうか。

 この夜は高山俊が先制本塁打、木浪聖也が得点口火となる二塁打2本、糸原健斗も2安打を放った。守備でも成長を感じさせるプレーが幾度かあった。若手が奮闘しての勝利は喜ばしい。

 弱小だった阪急や近鉄を球団創設初優勝に導いた西本幸雄は選手から「親父」と慕われた。実際に年齢も親子ほど離れていた。「選手は皆、親御さんが手塩にかけて育てた掌中の珠(たま)だ」と話し、父親のように育てた。

 村山実も育成に心を砕いた。1988~89年、昭和から平成へと移る当時の阪神監督だ。若手の大野久、和田豊、中野佐資を「少年隊」と呼んで抜てきした。わが子を見るような目を思い出す。

 22日が命日である。1998年、61歳で逝った。

 監督時代の村山は勝てずに苦しんでいた。眉間にしわを寄せた苦悩の表情を浮かべていた。

 令和の監督・矢野も苦しみ、悩んでいるのだろうか。いま50歳。親子という年齢ではない。それでも、選手と向き合い、情愛を注ぎ、育てようとする思いは同じだろう。 =敬称略=(編集委員)

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