黒獅子旗を守った“もう一人”の功労者――都市対抗野球異聞
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【内田雅也の広角追球】社会人・都市対抗野球大会の優勝旗は黒獅子旗(くろじしき)と呼ばれる。獲物に向かって飛びかかろうとする勇ましい黒い獅子の姿が描かれている。
1927(昭和2)年、第1回大会開催を前に、画壇の巨匠と言われた小杉未醒(みせい)=別名・放庵=がメソポタミアの古代都市バビロンのレリーフにヒントを得てデザインした。
初代の黒獅子旗は第44回大会(1973年)まで使用され、45回大会(74年)からは2代目。現在は3代目で、第70回大会(1999年)から使われている。
初代には、戦禍から逃れ、守られた有名な逸話がある。
都市対抗野球は戦争のため、1942(昭和17)年の16回大会を最後に中断となった。この大会で優勝を飾ったのは戦前戦中と日本統治下の朝鮮・京城(現ソウル)の全京城だった。電力会社・京城電気を中心に編成されたチームで14回大会に次ぐ優勝だった。
黒獅子旗は海峡を越えて、朝鮮半島に渡った。戦況は悪化し、優勝旗もどこにあるか分からない状態になった。大会は戦後1946(昭和21)年、17回大会として再開されたが、優勝した岐阜市・大日本土木には表彰状が渡されただけだった。
だが、黒獅子旗は静かに帰国していた。持ち帰ったのは京城電気の社員で全京城で3番・中堅を務めた秋山光夫氏(法大出)。終戦後の1945(昭和20)年10月、引き揚げの際、黒獅子旗を腹に巻き付けて持ち帰ったのだった。
1990年発行の『都市対抗野球大会60年史』(日本野球連盟・毎日新聞社)によると、秋山氏は所持品検査を想定し「私は元全京城チームのプレーヤーなので、このペナントを持っている。私が獲得した優勝旗だから故国に持ち帰るのだ」という意味の英語を頭に刻み込んだ。
秋山氏は10月13日に京城を出発。14日に釜山から乗船。15日に故郷の香川県丸亀市にたどりついた。幸い、MPの所持品検査はなかったそうだ。この話を伝え聞いた丸亀市長だった三原勝英氏から毎日新聞丸亀通信部に連絡があり、黒獅子旗は無事に大日本土木に授与された。
これが“黒獅子旗を守った男”の話である。
だが、実際には秋山氏に黒獅子旗を託した“もう一人”の功労者がいる。全京城の外野手、金玉煕(キム・オキ、日本名・山本清三郎)氏である。
戦前、1939、40年夏の甲子園大会を連覇した名門、和歌山・海草中(現向陽高)出身。卒業後の1942年、京城電気に入社した。
終戦から少したった45年9月、残務処理をしていた金氏は黒獅子旗が社長室にあることを思い出した。会社は進駐軍に接収されることが決まっている。このまま放置すれば、旗はどうなる。「何とか日本に持ち帰ろう」。誰もいない社長室に入ると、片隅に黒獅子旗はあった。ひとまず、野球部寮に持ち帰り、保管した。
帰国許可を待っていた金氏だが、秋山氏が一足早く帰ると聞き、黒獅子旗を手渡したわけだ。
「金が黒獅子旗を守ったんだ。命がけだったそうや。本人から聞いた」と教えてくれたのは1939年の海草中優勝メンバーだった古角(こすみ)俊郎さんだ。2013年1月、91歳で永眠したが、生前、「金の功労をたたえてやりたい」とよく話していた。
「金は年齢はわしより上だったが学年は一つ下だった。だから、わしが5年生で全国優勝した時は年齢超過で大会には出られなかった。ポジションはレフトでセンターのわしとは一緒によくノックでしぼられたもんや」 金氏も1945年秋に帰国を果たし、門司鉄道管理局(現JR九州)の選手として活躍した。
再就職にあたり、海草中の卒業証明書を送ってほしいと手紙が届いた。証明書は「野球部生みの親」で後に和歌山県高校野球連盟会長を務めた丸山直広氏が送った。古角さんは「苦しい生活をしているようだった。赤ちゃんもできたというので、おむつに使えるだろうと、古い浴衣を大量に送った」と話す。
「いつか再会したい」と金氏の手紙と「全羅南道」の住所を亡くなるまで大切に取ってあった。
古角さんは明大在学中の1943年、学徒出陣で海軍航空隊に入隊。戦後は社会人・全大阪でもプレーし、都市対抗にも出場している。
「黒獅子旗には野球にかけた先人たちの汗や涙が染みこんでいる。金は本当によく守ってくれた。秋山氏とともに、功労者だよ」
古角さんの言葉が今も耳に残る。青春時代をともに過ごした球友への情愛がにじみ出ていた。
90回大会を迎える今年の都市対抗野球は13日、東京ドームで開幕する。金が守った初代・黒獅子旗は今月25日まで、東京ドーム内の野球殿堂博物館の企画展「都市対抗野球90回のあゆみ」で展示されている。(編集委員)
◆内田 雅也(うちた・まさや) 原稿に書いた古角俊郎さんには本当にお世話になった。1939年夏の甲子園大会で全5試合を完封した「伝説の左腕」、同級生の親友、嶋清一氏(戦死)の野球殿堂入りに尽力し、実現させた情熱は相当だった。1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。大阪紙面のコラム『内田雅也の追球』は13年目を迎えている。
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