【内田雅也の追球】阪神を救った板山のビッグプレー 美技を生んだ「ひたむきさ」と裏方の「美しい芝」

[ 2021年10月19日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2ー1広島 ( 2021年10月18日    甲子園 )

<神・広>8回、好守の板山を迎える岩崎(右から3人目)ら阪神ナイン(撮影・大森 寛明)
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 「球際」について、もう一度書いておきたい。

 巨人V9監督・川上哲治が著書『遺言』(文春文庫)で<わたしの造語で、相撲の土俵際の強さから採った>と明かしている。<要は土壇場ぎりぎりまであきらめない、粘り強いプレーのことである>。

 この夜、阪神・板山祐太郎のビッグプレーには球際の強さがにじみ出ていた。8回表、代走で出た板山はこの回から左翼についていた。長短打で1点差と迫られ、なお無死一塁。岩崎優は不調に見えた。危ないと誰もが思ったことだろう。

 迎えた代打・会沢翼の当たりは左翼前ライナーだった。この打球に板山は前進チャージし、地面すれすれで長いグラブの先に引っかけ好捕した。安打とみて飛び出していた一塁走者も刺して併殺。ピンチを救い、勝利を呼び込んだのだった。

 川上は球際に強い選手として「ミスタープロ野球」長嶋茂雄を例にあげる。「動物的な勘」と呼ばれた感性と<計算してやるのではない><もっとも純粋で崇高>と、そのひたむきさをたたえている。

 決勝打を放った14日(巨人戦)にも書いたが、2軍暮らしから辛抱と努力ではい上がった板山には球際の強さを呼ぶ、純粋な心が備わっている。ひたむきなのだ。そんな気がしている。

 また、この美技の背景には裏方の努力も隠れていた。チームが長い関東遠征から14日ぶりに甲子園に戻った前日17日、外野の芝が美しくなっていたことに驚いたはずだ。

 グラウンドを管理する阪神園芸は今月5日、外野に冬芝の種をまいていた。その様子が同社インスタグラムにあった。

 甲子園の芝は「二毛作」で、夏芝が休眠期に入る秋に冬芝を育てる。かつて「甲子園の土守」と呼ばれた名物グラウンドキーパー、藤本治一郎が発案した手法が引き継がれている。チームが甲子園を留守にしている間、彼らグラウンドキーパーたちは、芝が美しく緑に色づくよう整えていたのだ。

 選手たちは芝一つで走りやすく、守りやすくなる。思い切ってできるようになる。

 1995年、大リーグ・ドジャース入りした野茂英雄から、同年ロッテ入りした大リーガー、フリオ・フランコが一塁手として「なぜ、あれほど守備のうまいフランコが日本で大リーグ当時のプレーができないかわかりますか?」と問われた。答えに窮していると「人工芝だからですよ」と言った。「飛び込めないし、思い切ったプレーができない。いい天然芝が選手を育てるんです」

 今回の美技には周囲の人々の思いもこもる。下柳剛が<感謝の気持ちを持つことで「みんなに支えられている」という大きな精神的支えを得られた>と著書『ボディ・ブレイン』(水王舎)に書いた。

 何しろ、阪神はもう負けられない。逆転優勝には、この夜スタンドでファンが掲げていたボードにあったように「残り試合、全部勝て」である。きょう19日からは優勝を争う首位ヤクルトと2連戦だ。ひたむきさも感謝の心も力にしたい時である。 =敬称略= (編集委員)

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2021年10月19日のニュース