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恩師・東尾修氏、松坂大輔のラス投に格別な思い 「大輔、しんどかったろう。でも葛藤は必ず生きる」

[ 2021年10月19日 19:48 ]

松坂大輔(左)と交渉する西武・東尾監督。松坂の手には200勝記念のボールが(1998年撮影)
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 大輔、お疲れさま。元西武監督で怪物のプロ入り時の指揮官だった東尾修氏(71=スポニチ本紙評論家)が現役最後の投球を披露した愛弟子への思いを語った。3球団競合の末に交渉権を引き当てた運命の98年ドラフトから23年。自らの200勝ボールを手渡した愛弟子の姿を目に焼き付けた。

 もうかつての剛速球はない。大輔のラスト登板。最速は118キロだった。23年間も投げてきて、ここまでしんどかっただろう。だけど、最後が西武で、背番号18のユニホームでよかったと思う。

 思えば22年前の大輔のプロ1年目。監督として、いかにスタートさせて軌道に乗せるか腐心した。関節が硬かったので、キャンプでは肘を柔らかく使わせるためにカーブを投げさせたり、壊さないように、慎重に。オープン戦で結果が出ない中で、最後の登板で好投してローテーション入りした。迎えたデビュー戦は今も忘れない。

 周囲の「本拠地の開幕カードで」という要望をはねのけ、東京ドームでの日本ハム戦でデビューさせた。大輔のフォームなら傾斜のきつい東京ドームのマウンドが合うと思ったからだ。初回に3番の片岡(篤史)を内角高めの155キロの直球で空振り三振。8回2失点でプロ初登板初勝利を挙げてくれてホッとしたが、いまだにあの内角高めのボールが大輔のプロでのベストボールだと思ってる。

 そこから順調だったが怒ったこともある。イチロー(当時オリックス)にだけムキになるので「お前はチームのために投げてるんだ。イチローに勝つために投げてるんじゃない」と。でも大輔は聞き流してるようだった。速球派としての大成を願い「捕手の構えたところが最終点じゃない。捕手のミットを突き破るつもりで投げろ」と話したこともある。

 ドラフト指名後の入団交渉のとき、私の200勝の記念ボールを渡して「200勝させる」と言った約束は果たせなかった。日米通算170勝。メジャーから日本復帰後の7年間は故障で思うようなボールが投げられず苦しんだ。つらかったと思う。でもこの7年間の葛藤は必ず生きる。いつか指導者になった時、財産になるはずだ。

 大輔、本当にお疲れさま。今度は「松坂2世」を育ててくれ。
 

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