【内田雅也の追球】阪神・梅野はなぜヘッドスライディングしたのか? 「流れ」を読む姿勢が浸透する強さ

[ 2021年4月21日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神10ー5巨人 ( 2021年4月20日    東京D )

3回、二ゴロで一塁にヘッドスライディングする梅野
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 阪神・梅野隆太郎が3回表2死、二ゴロでヘッドスライディングした。珍しい光景である。なぜ、梅野は頭から突っ込んだのか。

 一、二塁間への安打性ゴロだったというだけではないだろう。梅野は流れを肌で感じていたのだ。この打席の途中、一塁走者・佐藤輝明が二盗憤死していた。推測するに“このままでは流れを失う”と危機感を抱いていたのである。

 野球には目に見えない流れがある。<走塁ミスは最も「流れ」を失う>と日本ハム監督・栗山英樹が著書『未徹在(みてつざい)』(KKベストセラーズ)で記している。例にあげたのが次のようなケースである。

 2死二、三塁から安打で2点が入り走者一塁。<押せ押せムードでもう1点>と盗塁が頭に浮かぶ。だが<こういう時はあえて走らせないことにしている>という。<走塁ミスは試合の流れを変える危険性があるからだ。せっかく2点取ったのに、勢いでいかせてアウトになったら、流れを手放してしまう>。

 実に、よく似た場面だった。すでに巨人先発エンジェル・サンチェスをKOし5―0と大量リードしていた。2番手はプロ初登板の新人・平内龍太。1死から佐藤輝明が四球で出た。

 平内の投球タイムは手もと計測で1秒21~30と遅かった。佐藤輝は足も速い。実際は盗塁の好機だが、先の流れ理論からすると自重するか、もしくはアウトになってはいけなかった。ところが憤死し、胸に抱いた嫌な予感を梅野も抱いていただろう。

 案の定と言うべきか、その裏に3失点。5回裏にも1点を失い、5―4と1点差まで迫られた。

 流れは論理的に説明することは難しい。栗山は<実はそういうところに野球の本質が見え隠れしている。それを選手に感じてもらうのはわれわれの作業>と書いている。プロ8年目になる梅野は経験から感じ取っていたのだ。

 かつて野村克也は「捕手はグラウンド上の監督だ」と語った。捕手に対して、ベンチの監督に代わり、チーム全体や試合を見渡す目を要求した。今や梅野は監督・矢野燿大の分身として試合をつかさどっているようだ。

 追い上げられた後、再び流れを呼び戻したのも梅野だった。6―4とまだ2点リードだった7回表、2死満塁で打席が巡り、2点二塁打したのである。2ボールから内角直球を強引に空振りしたのは誘いではなかったか。反対方向、右翼線に痛打した。リーグ最高の得点圏打率・643を証明する読みがさえていた。

 梅野は「みんなが必死につないでくれたので、何としても打つという気持ちだった」と話した。

 この必死さやつなぎの姿勢が今の阪神を支えている。この夜は9回の攻撃のうち6回で得点していた。無得点の残り3回は3者凡退。逆に言えば、1人でも走者が出れば次へ次へとつなげ、必ず得点を刻んだ。

 梅野はじめ、流れを読み、必死に引き寄せた結果の勝利である。

 これで16勝4敗と貯金12個。阪神の歴史上、開幕20試合を終えて、16勝以上するのはプロ野球2年目1937(昭和12)年秋の18勝2敗、38(昭和13)年春の17勝3敗以来、実に83年ぶり3度目だそうだ。

 久方ぶりに歴史と伝統を思う。その38年春は21勝4敗という開幕ダッシュを記録。春季優勝と年度優勝を飾り、当時の主将・松木謙治郎は著書『タイガースの生いたち』(恒文社)で<この当時はまさに黄金時代と言えた>と記している。

 後に振り返ったとき、黄金時代幕開けを告げる勝利だったと思えるかもしれない。そんな試合内容、そして試合展開だった。=敬称略=(編集委員)

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