Honda熊本「幸せ」敗退 震災から3カ月“野球ができる喜び”

[ 2016年7月18日 05:30 ]

<Honda熊本・日本新薬>6回無死、右越え本塁打を放つHonda熊本・長池

第87回都市対抗野球第3日1回戦 Honda熊本2―5日本新薬

(7月17日 東京ドーム)
 1回戦3試合が行われた。4月の熊本地震で大きな被害を受けた被災地から出場したHonda熊本(大津町)は、日本新薬(京都市)を相手に無念の逆転負け。6回に1番・稲垣翔太内野手(23)、2番・長池城磨外野手(23)の連続本塁打で一度は逆転したが、あと一歩及ばなかった。日本新薬のほかHonda鈴鹿(鈴鹿市)、王子(春日井市)が初戦を突破した。

 唇をかみしめた岡野武志監督の目は潤んでいた。「勝ち進んで地元に元気を発信したかったですが…。でもこの空間で、緊張感の中でプレーできる。こんな幸せなことはなかった」。震災後の不安と戦い、ボランティア活動と練習を両立しながら必死に前を向いてきた。勝って、地元に恩返しを――。しかし、勝利はスルリと逃げていった。

 東京ドームに力強い2本の放物線が描かれたのは、1点を追う6回だ。稲垣、長池が右翼へ連続本塁打。試合をひっくり返した。しかし8回2死一、二塁で、同点弾の稲垣が遊撃内野安打を処理した際に一塁へ悪送球。同点とされ、代打・植田の3ランで勝ち越された。「勝って復興のシンボルになりたかったけど…。自分のミスで負けてしまった」と稲垣。募る悔しさ。それでも「こんな状況で野球に集中させていただいた。感謝の気持ちしかない」と話した。

 4月16日未明に発生した熊本地震。会社や合宿所は震度7を記録した益城町の隣、大津町にある。当時、チームは茨城県日立市で大会参加中。急きょ棄権し、24時間以上かけてバスとフェリーで熊本に戻った。「手ぶらでは帰らず、救援物資を積めるだけ積んでいった」と岡野監督。今大会に向け9日に熊本を出発した際も、あえて神戸を経由してフェリー、バスを乗り継いだ。震災直後と逆ルート。指揮官は「あの時の“野球ができないかも…”という思いを忘れず、もう一度かみしめたかった」と説明した。

 「あの2本塁打は、皆さんの声援の後押しがあったのだと思う。復興に向け、我々もまた一からやりたい」。工場内の体育館などには、現在も多くの被災者が避難している。工場が完全に稼働するのも9月の予定だ。復興は道半ば。野球部も、被災地とともに次への一歩を踏み出す。 (鈴木 勝巳)

 ▼Honda熊本・長池(6回に一度は勝ち越しとなる右越えソロ)社会人で初のホームラン。(初球を)積極的に行こうと思った。うれしかったけど…。負けて悔しいです。

 ▼日本新薬・岩橋良知監督 試合前にHonda熊本の岡野監督にお会いしたが、「背負っているものが違う」と感じた。こちらも気を引き締めて、気持ちを強く持たないと、と思った。

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