元PL監督・山本泰氏死去 75歳、腹部大動脈瘤破裂 法大後輩の田淵幸一氏が追悼

[ 2020年8月12日 05:30 ]

元PL学園監督で近鉄やマリナーズのスカウトとしても活動した山本泰氏
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 元PL学園監督の山本泰(やまもと・やすし)氏が11日午前1時半、腹部大動脈瘤(りゅう)破裂のため、東京都府中市の病院で死去した。75歳。葬儀・告別式は近親者のみによる家族葬を予定。

 山本氏(旧姓・鶴岡)は山口県出身。南海(現ソフトバンク)の黄金期に指揮を執った故鶴岡一人氏の長男。法政二高では1年時に1961年夏の甲子園に出場。エース柴田勲(元巨人)らの活躍でベスト4となった。法大、社会人日本楽器などを経て、74年にPL学園監督に就任。78年夏には西田真二(元広島)―木戸克彦(元阪神)のバッテリーで決勝では高知商に逆転サヨナラ勝ちして初優勝。春夏通算7度優勝の強豪への道を開いた。

 その後も90年から4年間、法大監督を務めた。また、近鉄やマリナーズのスカウトとしても活動。近鉄時代には岩隈久志(現巨人)らを担当した。

 ▼田淵幸一氏(法大の1年後輩。本紙評論家)いい悪いをはっきり言う人で、よく説教されました。南海が泊まっていた原宿の旅館に連れて行ってもらい、お父さんの鶴岡監督から米国製のバットをもらったことを覚えています。最後に会ったのは5、6年前の法友会。「ブチ、元気か?」と声を掛けられたのが昨日のことのように思えます。ご冥福をお祈りします。

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