智弁学園・三田 18歳で急逝のいとことの約束…思い背負って聖地でプレー「見ててくれたんじゃないかな」

[ 2020年8月12日 18:26 ]

2020年甲子園高校野球交流試合   中京大中京4―3智弁学園 タイブレーク延長10回 ( 2020年8月12日    甲子園 )

<高校野球交流試合中京大中京・智弁学園>4回2死一、三塁、左飛に倒れる智弁学園・三田(撮影・河野 光希)
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 「颯君」との約束の地で、ともに戦った。「1番・遊撃」でフル出場した智弁学園・三田智也(3年)にとって昨夏以来2度目の聖地での戦いは、2人分の思いを背負っていた。

 昨年11月。1歳上のいとこの狩野颯太(そうた)さんが、ガンのため18歳の若さでこの世を去った。地元の群馬・前橋桜ボーイズでは1年間ともにプレーしたが、投手だった狩野さんはその後闘病生活へ。三田は遠い奈良の地を選び、昨年夏に代打で甲子園初打席を経験した。三振に倒れたが「練習して頑張ったらいい」と励まされ、昨秋近畿大会で4強。選抜出場を勝ち取ったが、成長した姿を見せられぬまま、突然の訃報が届いた。

 「身近な人だったし、信じられなかった」

 ショックから立ち直ったのは、約束を果たすため。小さい頃「甲子園で一緒にプレーできたらいいね」と誓い合った。長身から投げ下ろす直球で押していく投球をする背中を見て、三田にとって野球を始めるきっかけにもなった人だった。「颯君の大変さに比べたら、全然苦しくはない」。厳しい練習にも、自然と熱が入った。

 県の代替大会から、胸元には遺骨が入ったネックレスをそっとしのばせていた。4打数無安打に終わったが、世代ナンバーワン右腕の呼び声高い中京大中京・高橋宏斗(3年)のこの日最速の153キロを“一緒に”体験。「きょうもピンチの場面も乗り切れたし、見ててくれたんじゃないかなという気持ちです。颯君のように野球やれなかった人の分まで頑張りたい」とほほ笑んだ。これからも、1人で2人分の物語を紡いでいく。

 ◆三田 智也(みた・ともや)2002年(平14)11月6日生まれ、群馬県渋川市出身の17歳。小2から北橘イーグルスで野球を始め投手と遊撃手。北橘中では前橋桜ボーイズに所属し、3年時には全国ベスト8、ボーイズ日本代表では世界大会優勝。智弁学園では1年春から背番号17で遊撃手としてベンチ入り。1メートル70、68キロ。右投げ右打ち。

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