【内田雅也の追球】神様に通じた「何苦楚」 傷ついた自尊心が「打倒巨人」の思い高めた

[ 2020年10月25日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2-1巨人 ( 2020年10月24日    東京ドーム )

<巨・神22>4回、糸原は菅野から右前適時打を放つ(撮影・西尾 大助)
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 重松清の短編小説に『さかあがりの神様』=『日曜日の夕刊』(新潮文庫)所収=がある。

 鉄棒の逆上がりができない小学生が公園で練習している。失敗ばかりしていると、知らない中年男性が近づき「もういっぺん、やってみい」と、コツを教えてくれる。

 「今度は脚を上げるときに『このやろう!』思うてやってみい。(中略)『くそったれ!』いうて力を入れるんじゃ」

 2つの言葉を心の中で叫んで力を入れると<世界が逆さに回った>。初めての成功だった。男が神様に思えた。

 野球の神様も逆上がりに通じている。「このやろう!」や「くそったれ!」が力を生む。根性野球だと冷笑するなかれ、本当の話である。

 阪神でも監督を務めた野村克也が説いた「憤怒の力」である。西鉄(現西武)、阪神監督など9球団で指導者を務めた中西太がモットーとしていた「何苦楚(なにくそ)魂」である。

 この日、阪神が巨人に競り勝てたのは「なにくそ」の思いが神様に届いたからだろう。

 大きく負け越し、「伝統の一戦」の名前が泣いている。敗れれば、優勝の可能性が消滅する一戦だった。傷ついた自尊心が「打倒巨人」への思いを高めていた。

 先制打の糸原健斗は菅野智之の内角高めスライダーを「このやろう!」と大根切りのようにして右前に運んだものだ。

 代打決勝打の原口文仁はヒーローインタビューで「前半戦、全然活躍できていなかったので」と悔しさをぶつけるように一撃で仕留めた。

 今季、菅野と2度投げ合って2敗していた先発・高橋遥人は「意地を見せたい」と踏ん張った。

 岩崎優は6月19日の開幕戦で痛恨の逆転2ランを浴びた吉川尚樹を8回裏1死一塁で迎え、9球を要して空振り三振に切った。やり返したのだ。

 「何苦楚」について、中西のオリックス時代の教え子、田口壮(現オリックス・コーチ)は「何ごとも、苦しみが楚(いしずえ)となる」と教えてもらったそうだ。

 田口は大リーグに挑戦した2002年、カージナルス入りしたが、3A、さらに2Aのマイナー暮らしも経験した。「だから、苦しくても笑って前を向こうと決めていました」。後にワールドシリーズ優勝の指輪を2つも手にしている。

 いま、苦しい経験をしている猛虎たちもいつか……と思わせる勝利だった。=敬称略=(編集委員)

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