【内田雅也の追球】自分に負けない人間 苦しみながら、ピンチをしのいだ阪神・藤浪と高橋

[ 2020年9月30日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神7-3中日 ( 2020年9月29日    甲子園 )

<神・中(16)> 6回2死一塁、京田から三振を奪い、雄たけびをあげる高橋(撮影・大森 寛明)
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 1949年公開のアメリカ映画『甦(よみがえ)る熱球』は実在した大リーグの投手、モンティ・ストラットンの半生を描いている。監督はサム・ウッド、主演は名優ジェームズ・スチュアート。新型コロナウイルス感染拡大で開幕が延期となった今春、DVDを買って見た。

 ストラットンはホワイトソックスの先発右腕として34―38年の5年間で36勝をあげた。37年にはオールスターにも選ばれている。

 だが38年オフ、テキサス州の実家近くでウサギ狩りの最中に転倒、猟銃が暴発し、弾が右足にあたった。動脈損傷で破傷風の恐れがあったため、切断を余儀なくされた。

 義足をつけて、歩き始めた幼い娘と散歩する姿や、妻・エセル相手にキャッチボール、投球練習するシーンは涙を誘う。

 セミプロチームで登板したうえ、戦後46年、マイナーでついに復帰を果たす。投手返しのライナーを止め、ボールを拾って一塁送球して刺す。マウンド上、大の字になるストラットンの姿は実に感動的だ。

 映画評論家・田沼雄一は著書『日米野球映画キネマ館』で<アメリカが思い描く“自分に負けない人間”の理想像>と評している。

 自分に負けない人間――この夜の阪神・藤浪晋太郎である。3点リードの8回表に登板し、先頭打者に四球。苦しんできた制球難が顔を出した。甲子園の場内が少しざわついた。次打者も2ボールとなって、ざわめきが強まると捕手・坂本誠志郎がマウンドに駆け寄った。藤浪は後に「死ぬほど緊張しました」と語っている。「先発の時と違って、人の勝ちがかかった場面ですから」

 先の映画でも、マイナーで復帰登板したストラットンは先頭打者を四球で出す。タイムをかけて監督がマウンドに歩んで「気楽にやれよ。たかが野球じゃないか」と声をかける。この間合いで立ち直る。

 藤浪も坂本のタイムを得て立ち直った。負けなかったのだ。呼吸を整え、3人連続の二ゴロで無失点で終えた。甲子園の励ますような歓声もうれしかったろう。笑顔が輝いていた。相手打者以前に、自分との闘いに勝ったのだ。

 先発・高橋遥人も同じだ。立ち上がりから制球が乱れ、不調だった。問題は味方が得点した直後の投球だ。1回裏1点を先取すると2回表に2失点して逆転を許した。4回裏に再逆転すると、5回表に同点とされた。取ったら取られ……と流れを手放す投球だった。

 しかも、2回表の大島洋平の2点打、5回表の両外国人の連打はいずれも2ストライクと追い込んでから浴びている。

 リード直後の失点や追い込んでからの痛打は心の問題でもあるだろう。

 5回裏、三たび勝ち越した直後の6回表も2死から連打で一、三塁を招いた。迎えた京田陽太を追い込んでから、プレートを外したり、けん制球を入れたりと間合いを取り、空振り三振に切った。得点直後、三度目の正直の無失点だった。自分に負けなかったのだ。

 ストラットンは晩年を慈善活動や少年野球指導にささげ、82年9月29日、70歳で永眠している。この日が命日だった。=敬称略=(編集委員)

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