コロナから復帰、西武・源田 妻に医療関係者に誓う 五輪でも#たまらん

[ 2021年6月22日 05:30 ]

本紙の電話取材に応じる源田(球団提供)
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 5月末に新型コロナウイルスに感染し、今月18日のロッテ戦で復帰した西武の源田壮亮内野手(28)が、スポニチ本紙のインタビューに応じた。プロ4年目の昨季から主将を任され、攻守に「たまらん」プレーでチームをけん引する男は、東京五輪で金メダルを目指す侍ジャパンのメンバーにも内定。7月28日に開幕戦(福島)を迎える大舞台へ向けて、思いの丈を語った。

 ――復帰後は3試合連続安打。
 「1試合目の1打席目でヒットが出たので凄くホッとしていい形で入れました」

 ――コロナ感染が発覚したときの心境は。
 「ビックリというか“マジか…”と思いました。不安はいっぱいありましたね」

 ――隔離期間中、体は動かせたのか。
 「最後の2日間でチューブを使って体幹トレはできました。それまでは、薬を飲んで休んでご飯を食べて、夜は試合を見て、という感じでした」

 ――運動をしなくてもおなかはすいたか。
 「体重が落ちないように無理やり食べてましたね。1キロぐらい落ちたけど、復帰してすぐに戻りました」

 ――感染したからこそ伝えられることは。
 「気をつけていてもなってしまう。隔離中は人と接することがなく全て電話。顔も見られない状況ですけど、24時間体制で気に掛けていただいた医療従事者の方、サポートしてくれるスタッフの大変さを感じました。ずっと支えてもらったので、頑張っている姿を見せられたらうれしい」

 ――帰宅した瞬間が一番安心した。
 「そうですね。お願いして野菜いっぱいのお鍋を食べました。奥さんにはLINE電話で毎日“絶対元気になるからね”と、前向きな言葉をもらっていました。本当に支えてもらいました」

――東京五輪の日本代表に内定した。
 「本当に光栄です。“やってやるぞ”という気持ちですね」

 ――後輩の平良は初めての代表だが。
 「堂々としていますし、ピンチになっても動じないのは凄い。あのどっしり感は、自分が21歳のときとは比べものにならないです」

 ――普段の平良は。
 「マイペースで、自分の世界がありますね。2人で話したときには“友達ができたらいいな”と言っていました。平良のあの可愛い感じなら大丈夫だと思います(笑い)」

 ――代表で長くムードメーカーを務めていた松田(ソフトバンク)が選外だが、盛り上げ役のイメージは。
 「(即答で)栗原(笑い)。栗原が中心になるんじゃないですかね。普段からよくしゃべるけど、凄く明るくて面白いので」

 ――同学年で二遊間を組む外崎も選外。
 「ファームにいたときに、“ゲン頑張って”と言われました。トノが一番悔しいと思うので、トノの分までという気持ちは強いです」

 ――短期決戦で大事なことは。
 「思い切りも大事だし、冷静にならないといけない頭も大事。難しいですね」

 ――五輪のイメージは。
 「小さい頃は自然と見ちゃうというか、引き込まれました。高橋尚子さんのサングラスとか印象的ですね。格好いいなって」

 ――意気込みは。
 「与えられたところで100%の仕事ができるように準備していきたい。個人というよりは、チームの優勝を第一に考えながらプレーできればいいなと思います」

 【取材後記】約15分間のインタビューで、源田は「金メダル」という言葉を決して口にしなかった。そして、こちらの意図を見透かし「(金メダルと)言わせようとしてますね。え~と、チームに貢献したいです」とちゃめっ気たっぷりに笑った。試合中、中前に抜けそうな当たりを何事もなくさばくのと同様、ここらへんの読みはさすがだ。

 それでも過去に故郷・大分県出身の金メダリストが2人いることを伝えると「そしたら一気に(甲斐、森下と)3人増えますね」としっかり頂点を見据えていた。19年のプレミア12では、2次ラウンドのオーストラリア戦で値千金のセーフティースクイズを決めるなど、すっかり代表の常連。今夏もネット上は「#源田たまらん」であふれかえることだろう。(西武担当・花里 雄太)

 ◇源田 壮亮(げんだ・そうすけ)1993年(平5)2月16日生まれ、大分県出身の28歳。大分商から愛知学院大を経て、トヨタ自動車で16年都市対抗で初優勝に貢献。同年ドラフト3位で西武入団。1年目の17年に新人王を獲得し、18~20年に3年連続でベストナイン&ゴールデングラブ賞に輝く。19年10月に元乃木坂46の衛藤美彩(28)と結婚。1メートル79、75キロ。右投げ左打ち。

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