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清原和博氏が語るドラフトの真相 暴動に「俺、もう西武行くから」とチームメートなだめる

[ 2022年5月20日 11:29 ]

清原和博氏
Photo By 提供写真

 西武、巨人、オリックスで活躍した清原和博氏(54)が、19日放送のテレビ東京系「じっくり聞いタロウ~スター近況(秘)報告~」(木曜深夜0・00)に出演。プロ野球史に残るドラフト会議の真相を語った。

 PL学園で「KKコンビ」として甲子園を沸かせた清原氏と桑田真澄氏(現巨人投手コーチ)は、1985年のドラフト会議の目玉だった。

 清原氏は「僕は巨人と阪神と中日には行くつもりだった。その意中の球団じゃなかったら、日本生命に行こうと思ってた。その時、日本生命の社会人野球も強かった。そこで磨いてからプロに入ってもいいかなって」と高卒後、巨人、阪神、中日の3球団以外からドラフト会議で指名された場合、社会人野球に進むことを考えていたという。

 そして迎えたドラフト会議当日。「まさかのジャイアンツ1位が桑田だったじゃないですか」とプロ入りを志願していた清原氏でなく、大学進学を公表していた桑田真澄氏を巨人が指名。清原氏は西武、南海、日本ハム、近鉄、中日、阪神の6球団から1位指名され、西武がくじにより交渉権を獲得。この騒動に清原氏は会見で人目をはばからず涙を流した。

 「それで、寮で暴動みたいなものが起きたんですよ。皆バット持ってうろついている。桑田はいなくなりましたけど、桑田をヤるみたいな感じで」とまさかの出来事に寮内がざわついたという。

 そこで清原氏は「万が一のことがあったら、僕がやらせたと思われたら嫌なんで『もう頼むからやめてくれ』ってチームメートをなだめて『俺、もう西武行くから』って」とチームメートを落ち着かせるために「西武入り」を決断したと告白。

 ところが、その後にチームメートに語りかけた言葉が「それで、西武どこにあるの?」の一言。「大阪から出たことないですから」と野球一筋で育った清原氏は西武の本拠地が分からなかったそうだ。

 さらに「お前らに一番最初のサイン書いたるわって言うて。西武の『武』を西部警察の『部』って書いて…」と「西部ライオンズ 清原和博」としたためたと語り、笑わせた。

 ただ、「ジャイアンツに彼(桑田氏)が行って活躍してる姿を見ながら僕は社会人(野球)で昼間仕事して野球やる。これ耐えられへんな」と冷静に自身の立ち位置を見据えての判断だったとも語った清原氏。

 「だから僕、甲子園の夏、優勝してから甲子園の土を持って帰ってないんですよ。普通、持って帰るでしょ?俺またここでプレーするから要らんわって」と阪神、巨人、中日のセ3球団に入ると信じていた清原氏は、プロ入り後、すぐに聖地でプレーできると思い、3年最後の夏に甲子園の土を持って帰らなかったという。
 
 しかし、ドラフト会議の結果、3球団に入ることはかなわず「外れた瞬間、甲子園で使っていたスパイクの土削り落としました」と聖地への未練も口にした。

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