【内田雅也の追球】「抜けスラ」に戸惑った? 菅野に“打たされた”阪神打線

[ 2020年8月5日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2-7巨人 ( 2020年8月4日    甲子園 )

<神・巨(5)> 6回1死一塁、ボーアは菅野の「抜けスラ」で一塁併殺打に倒れる (撮影・後藤 大輝)
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 右投手のスライダーは右打者の外角低め、左打者のひざ元に切れていくのが本筋である。逆の筋でインスラもあれば、バックドアもある。

 それが右打者の内角高め、左打者の外角高めに抜けるのは普通、制球ミスの失投だろう。「抜けスラ」である。

 巨人・菅野智之の投球にはこの抜けスラ(抜けたカットボールを含む)が何球もあった。ひと目「甘い」と映るそれらを阪神の打者はことごとく打ち損じていた。いくつか挙げてみる。

 ▽1回表2死一塁。大山悠輔はフルカウントから真ん中高め抜けスラをファウル、次いで同じコースの抜けカットに一邪飛を打ち上げた。
 ▽2回裏無死一塁。梅野隆太郎はフルカウントから真ん中高めスライダーを一飛。
 ▽5回裏無死一塁。木浪聖也が真ん中高めスライダーを右飛。これはまずまずの当たりだった。
 ▽続く1死一塁。植田は真ん中高めスライダーを空振り三振。
 ▽6回裏1死一塁。ボーアはほぼ真ん中スライダーを一ゴロ併殺打。

 これらの抜けスラは菅野の失投だろうか。菅野ほどの投手がこれほど制球ミスするだろうか。

 菅野にはわざと抜けスラ(抜けカット)を投げているのではないか。今年2月のキャンプ中には「新しいスライダーの軌道」を練習しているとの報道があった。

 5回裏先頭、梅野が2ボールからの真ん中高めスライダーを見逃し、ボールと判定された。菅野は目の前で右手を振るしぐさをしていた。判定への不服だろうか。あれは何だったのだろう。

 金本知憲(本紙評論家)や古田敦也らが「一番打ちづらいのは抜けスラ」と語ったことがある。「打者は想定していない球筋。投手はあれをわざと投げられないの?」

 以前も書いたが、科学的研究で打者は最後までボールを見ることはできない。大リーグ「最後の4割打者」テッド・ウィリアムズも著書『バッティングの科学』で<できない>と記している。<私が回転しているレコード盤のラベルの文字を読むことができるなどと言っている人もいるが、そんなことはできない。バットがボールをとらえる瞬間を見ることができると言っている人もいるが、もちろん、そんなこともできない>。

 では、打者はどうやって打つのか。ウィリアムズは<感触は体が覚えている>という。マイク・スタドラー『一球の心理学』(ダイヤモンド社)によると<バッターは、バットでボールを打ち返す少なくとも0・19秒前にスイングをスタートさせなければならない>。そのために<ミートポイントを推測する>。本塁から約7メートル手前で軌道(球筋)を予測して振り始め、打っているわけだ。

 とすれば、7メートル手前でスライダーだと認識した打者は、予測とは異なる球筋で来た場合、戸惑うことになる。打ちづらいのだ。本筋でない、つまり「横道」にそれた球である。

 そんな想定外の抜けスラを菅野は投げていたのかもしれない。ならば、また厄介な新球で、難攻不落の度合いが深まる。

 この夜、菅野には7回まで対し、6安打を放った。三振はわずか3個だけ。今季過去、登板6試合で42回2/3を投げ、46三振を奪っていた菅野にしては少ない。決して完調ではなかった。阪神打線は抜けスラに戸惑い、打たされていた。

 唯一の得点となったジェリー・サンズの左越え2ランは、スライダーをとらえたものだ。ただし、抜けスラではなく、しっかり引っかかった外角低めだった。難しいコースを見事に打ったのだが、好投手を相手にした打者にとっては想定内の球筋だったと言える。

 菅野相手とはいえ、首位巨人との直接対決に希望を見ていた阪神としては痛い敗戦である。再び借金を抱え、巨人には6ゲーム差。逆転するにはもう限界だ。

 甲子園上空に浮かんだ十五夜の満月が嘆いている。きょう5日は「マスト・ウィン・ゲーム」(絶対勝たねばならない試合)となった。=敬称略=(編集委員)

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