×

旅・グルメ・健康

【さくらいよしえ きょうもセンベロ】小宇宙の趣に酔いしれる

[ 2017年6月9日 12:00 ]

「良心的な店 あさひ」店主の斉藤松栄さんは自身の作製したフィギュアの前でポーズ
Photo By スポニチ

 これまでに飲んだ酒場は3000軒以上というスーパー“センベロライター”さくらいよしえが訪れたのは東京・淡路町の「良心的な店 あさひ」。あっと驚く、破格値の酒と料理の数々。フィギュアたちに囲まれた店内は小宇宙の趣。個性的な店のあるじが追求する“良心”とは…。

 センベロ酒場の仮面をかぶった、ファンタスティックな小宇宙、「良心的な店 あさひ」。

 店内は明るく清潔、無駄もないが色気もない。長机と椅子が配置され、メニューは、「チュハイ」「ハイボル」「オレンジサワ」。音引きという“無駄”さえも排除した省エネ表記だ。料理は180円の「スパゲテサラダ」から充実している。

 そして、中生もレアな樽(たる)生ホッピーも220円という平成の世を完全無視した底値価格に、わしは感動を通り越し怪しんだ。

 「うちは1500円で2、3時間居てくれるお客さんを狙ってるんですヨ…」。マスターがすごい秘密を打ち明けるみたいに言った。

 狙い、の意味がわからなかった。料理は「適当でもいいから早く出す」がモットーと聞いた時はかえってホッとした。

 冷めても激ウマの分厚いハムカツに、ニンジンモリモリのポテトサラダ、塩加減が絶妙の豚炒めまで、華はなくとも酒飲みのツボを押さえた味と盛り。

 新潟から10代で上京したマスターはこの道30年(30種類ほど職を経験)。「中卒で働きに出たら月給15万円でしょ。それ思えばもうけは十分ヨ」

 しかしただの清廉なだけの男ではない何かをわしは感じていた。壁にはめ込まれた摩訶(まか)不思議な手作りフィギュアたち。そこだけ、あるじのほとばしる個性がぎらぎらしてる。

 「最初は趣味で作るだけだったの。でも普通じゃつまんないから首をすげ替えて飾るようになってね。そしたら人形が怒ってホラ…」。変な頭をつけられたキューピーちゃんか。お願い、元に戻してあげて!

 人形たちは、マスターによって班分けされていた。それぞれ別の宇宙に属す戦士らしい。天井からぶらさがる宇宙船が、「戦いステーションよ」。

 もはや何が何だかわからないが、わしは異次元の駄菓子屋に迷い込んだ気分で酔った。

 やがて店は満席に。サラリーマンが、すごい勢いでジョッキを空け、料理を頼む。なんせおやつ価格だ。彼らはグチったり励まし合ったり、未来を語りながら、英気を養っていた。想定通り、1500円の長っ尻。

 でも、彼らは知らない。いま肩を抱き合うその頭上で、壮大な宇宙戦争が繰り広げられていることを。指揮官は、趣味と良心の男マスターだ。 (さくらい よしえ)

 ◇良心的な店 あさひ 「センベロ」とは「1000円でベロベロになれる」。その点では正真正銘のセンベロ店だ。良心的な店主は斉藤松栄さん(62)。毎日のように地元の体育館でウエートトレーニング。細マッチョボディーは鍛錬のたまものだ。厨房(ちゅうぼう)を1人で切り盛りするが、手際が良いので、注文した品はほとんど待たされることはない。チャージは1人200円。土・日曜日は定休だが10人以上の予約があれば店を開ける。東京都千代田区神田須田町1の12の6。(電)03(3251)7577。午後5時から11時半。

 ◆さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪生まれ。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)「にんげんラブラブ交叉点」(同)など。

続きを表示

この記事のフォト

バックナンバー

もっと見る