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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】純喫茶でモツ満喫さ

[ 2019年6月14日 12:00 ]

昭和の趣があふれる外観
Photo By スポニチ

 古書の街、東京・神保町の裏路地にある人情酒場を訪れたセンベロライター、さくらいよしえ。大串のモツ焼きと煮込みに舌鼓を打ちながら問わず語りに聞いたのは昭和、平成、令和を生きる夫婦の物語だった。

 そこはかとなく昭和が香る不思議な“純喫茶”。夕暮れ時、マダムはモツ肉の塊に包丁を入れ、慣れた手つきでスジをとりのぞく。

 肌色のダイヤル式公衆電話に、岩をはめ込んだ壁、レトロなボックス型ソファ。喫茶の姿のままに、当店がもつ焼き店に変身したのは27年前。

 「私、飲み屋さんは絶対イヤって言ってたんですよ。主人がいつも勝手に決めちゃって。ヤマ師なの。そのくせ自分は体が弱くって年中入院してるのよ」

 マダムはにこやかに言いながら大鍋の蓋(ふた)を開ける。ふわりと湯気が立ち上る。「煮込みも全部、加賀屋さんと同じで具はシロだけ。野菜も何も入れないの。でもやっぱり主人が作ると私よりおいしい気がする。なんでだろ」

 “ヤマ師”が不在(療養中)なので、その半生をマダムに聞いてみる。

 「夫は、もともとゴルフの会員権を売る会社員で、そこで出会ったんです。その後独立すると、麻雀しながら電話一本で(ゴルフ会員権で)もうかった時代」。いわゆるバブル期だ。

 もうかりついでに喫茶店の権利を買いオーナーになったヤマ師だが、赤字続きで借金ができると、なじみだった築地の加賀屋へ裸一貫もつ焼き修業へ。

 「1年弱で仕事を覚えてきて、さあやるぞって」

 見事に当たり、店は持ち直したというから、山っけの勘もあなどれない。

 さて、串が焼き上がった。出てきた串を思わず2度見する。大きい。「1本75グラムかしら」(一般的には50グラム)

 ステーキのように分厚いタンに、そしてかむ程にはね返す弾力のシロ。ヤマ師のほとばしるパッションを感じる。

 とどめは、当店名物のかしらニンニクあえ。どっさりニンニクが入っているが意外にあっさり。食べだすと止まらないやみつきの味。ヤマ師秘伝の技があるに違いない。

 「ボトル入りのニンニクとおしょう油、それにおネギで交ぜるだけですよ」

 あ、…なるほど。

 神保町を昭和から生き抜く“純喫茶”。すっぽりとソファでくつろぎながらマダムと語らう。

 「私たちの新婚旅行はハワイだったの。あの頃が一番良かったわあ。やっぱりお金にひかれて結婚すると、お金で苦労するのね。でも、主人にもいいところがあるから捨てられないのよねえ」

 厨房(ちゅうぼう)のステンレスはピカピカだ。磨き担当はご主人。

 「今81歳。案外長生きしそうなの(笑い)」 (さくらい よしえ)

 ◆加賀亭みなみ 大串のモツ焼き、煮込み鍋は都内のあちこちにある居酒屋“加賀屋グループ”のテイスト。店は野球好き(ソフトバンクファン)の店主、南出武男さん(81)、正子さん(73)夫妻と“しんちゃん”ことおいっ子の加藤伸司さん(56)で切り盛りする。串焼きは4本530円。2本だと300円でたくさん食べた方がお得だ。営業は午後5時半ごろ~11時半。土、日曜日、祝日休み。東京都千代田区神田神保町1の14の10。(電)03(3295)5567。

 ◇さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪生まれ。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)、「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)、「きょうも、せんべろ」(イースト・プレス)など。

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