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【全国ジャケ食いグルメ】佐賀 暗闇の先は牡蠣のオアシス

[ 2019年1月18日 12:00 ]

小屋というよりビニールハウス(笑い)。中が丸見え。凄いジャケットだ…
Photo By スポニチ

 人気ドラマ「孤独のグルメ」の原作者、久住昌之さんが外観だけで店選びをする「全国ジャケ食いグルメ図鑑」。民家風だったり、トタン小屋だったり、これまでいろいろな「店構え」をお伝えしてきましたが、今回はなんとまさかのあれが登場。佐賀の田んぼの一本道の先にあったのは、“寒くて温かい”牡蠣(かき)小屋。見た目もうまさもまるで狐(きつね)につままれたようですが、幻ではなくホントに存在します!

 この店は、ボクがジャケットつまり店構えを見て「ここだ!」と決めた店ではない。だから厳密には「ジャケ食い」とはいえない。

 先月のこと、佐賀に行った時、この季節牡蠣(かき)がおいしいと聞いた。そこで夜遅めまでやっている牡蠣小屋を調べ、市内から車で20分ほどのこの店に連れて行ってもらったのだ。

 運転手のYさんもその店は知らず、まず電話予約を取り、カーナビに住所を入れて、それにしたがって店に向かった。ところが目的地についたのに、そこは真っ暗な田んぼの中の一本道。店なんて一軒もない。狐につままれた気持ちで店に電話。

 すると、ガイドをしてくれたが、言われた曲がり角がない。戻ってみたら、暗くて通り過ぎていた。半信半疑でそろそろ暗闇を進んで行くと、え、まさか、これ?

 それがこの写真だ。ビニールハウスでしょう、これは。看板、ない。表の照明も、ない。しかし車窓から目を凝らすと「営業中」の立て看があった(写真左端)。こ、ここかぁ!このジャケットは凄いぞ。

 車を降り、恐る恐るビニールハウスの中に入ってみた。誰もいない。が、確かに焼き台らしきテーブルがたくさん並んでいる。

 「すいませーん」。Yさんが虚空に声を張ると「はーい」と女性の声が、隣の建屋からして、エプロンをした店員さんが現れた。

 昔の芝居小屋の大きいもの、と言ったらいいだろうか。芝居の期間中だけ作られるテント小屋。あれに近いか。表はビニールだけだが、中の壁は茶色くなった竹竿だ。佐賀のバルーンフェスタのポスターが貼ってある。

 防寒具らしいコートがたくさんかかっている。確かに屋内とはいえ、寒い。椅子には座布団がくくりつけられていた。しかし、とにかく、ガラーンとしている。

 案内された席に行くと、すでに木炭が熾(おこ)してあった。網がのっている。寒いので手をかざす。お飲み物はと言われ、ビールを頼んだ。でもYさんは運転だから飲めない。

 この天井の高い、広いビニールハウス的空間に、おじさん二人。室温的寒さより、シチュエーション的にものすごく寒い。BGMも無し。シーン。乾杯しても酒が進まない。

 そこへ小さなバケツいっぱいの、殻のままの牡蠣が来た。女性店員によって、無言でどんどん網に並べられる。我々はポカンと見てるだけ。

 寒いので、牡蠣が焼ける間に「カニ汁」をもらった。これが、超絶にうまかった!小さな蟹(かに)が一杯ずつお椀(わん)に入った味噌汁だ。五臓六腑(ろっぷ)に滲(し)み通る旨味(うまみ)。聞いたら土地の蟹で、この辺では「イガニ」と呼ばれているそうだ。このうまさに体も心も温まった。

 でも牡蠣小屋の作法がわからない。店員に聞くと「まだまだ。焼けてきたらこれで殻を開けて、そのまま食べてください」と言って、トングみたいなのと軍手と、醤油(しょうゆ)と大根おろしを置いて行ってしまった。

 仕方なく、焼き網の上の牡蠣たちをじっと見つめて、無言でカニ汁を啜(すす)る男二人。そこへおばあちゃんの店員がやってきた。「もういいですか?」と聞くと「いいです」「どうやるんですか?」「これでこうして開けて」と、ひとつ殻を開けて見せてくれた。

 しかし、たまたまボクは左手中指を捻挫してギプスをしていたので、それができない。するとおばあちゃんは次々にどんどん牡蠣を開け始めた。ちょ、ちょっと待って。「何かにつけて食べるんですか?」「つけてもええし、そのままでも」。そのまま割り箸で小さめの牡蠣をとって、ひと口に食べる。

 う、うまい!これはうまい!何もつけなくてもいい。いや、何もつけたくない。この絶妙な薄い塩味はなんだ。もうひとつ食べる。うまいうまい。もう一個。新鮮。軽い。軽く噛(か)むと滋味が溢(あふ)れる。磯臭さなんて微塵(みじん)もない。牡蠣の汁の焼けた匂いがたまらん。なにこれ。ぷりぷり。生牡蠣よりずっとうまいぞ。

 実はボク、過去に生牡蠣にアタったことがあり、もう克服したが、そんなに数を食べられない。この夜もバケツを見たとき、正直、困ったなと思っていた。二人では逃げようがない。ところがそんな気持ち、どこへやら。いくつでも、するするいける。

 そのうちにおばあちゃんが、いろいろ話してくれた。「イガニは小さいけど、一年中ええ出汁(だし)が出るけん」「おいしいです」「みなさん、牡蠣汁ないのーって来るよ。私はインターネット知らんけど、ばあちゃんだから」。笑いが起こる。寂しさは完全に消えていた。

 「終戦後はこのへんでも、こーんなにでっかい牡蠣がいくらでも採れたよ、天然のね」「お正月はそういうの採ってきて酢牡蠣を食べよった」と、本当に信じられない大きさの牡蠣の殻を見せてくれた。

 牡蠣は食べきった。ホタテやエビもあったけど「イカ焼き」を頼んでみた。イカは佐賀の呼子のものだという。呼子名物の絶品イカ刺しは食べたことがある。そのイカを焼くのだ。

 これがまた、最っ高にうまかった!柔らかくて弾力があって、何より味と焼けた香りが、今までで文句なく一番!足も耳も全部うまい。いやー驚いた。これはもう酒だ。だがYさんの手前、ビールで我慢。Yさんも本来飲めるのだ。その目の前でこのイカ焼きと日本酒は残酷すぎる。男の友情。

 それから有明海のエイリアンと言われるワラスボの干物も焼いた。小肌の干物も。突き出しのクラゲの酢の物もこの土地のはちょっと違う。味が濃い。コリっとうまい。

 この牡蠣小屋は冬の時季だけだそうで、季節が終わると全部バラしてしまうそうだ。やはりそうか。台風は絶対無理だ。壁の竹は、有明海苔(のり)の養殖に使ったものだそうだ。海苔漁の取材後だっただけに、感慨深い。

 とにかく、いつの間にか最高においしく、楽しく、豊かな時間が過ごせた。おばあちゃんはじめお店の皆さんありがとう。ビニールハウスなんて言ってごめんなさい。

 ボクらが大満足して帰る時、すれ違いに若い女性二人連れが恐る恐る入ってきた。なんだかニヤッとしてしまった。ボクと同じストーリーを体験するのかな、と。

 ◇住ノ江炭火かき家山崎 炭火かき焼1.5キロ1800円、3キロ3600円。イカ一夜干し800円、カニ汁300円。佐賀県小城市芦刈町永田2859の1、JR長崎本線「牛津駅」から車で10分弱。(電)0952(66)1136。営業は午前11時〜午後8時。冬季限定で今年は3月21日まで。この間無休。

 ◆久住 昌之(くすみ・まさゆき)1958年、東京都生まれ。漫画家、漫画原作者、ミュージシャン。81年、和泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として月刊ガロにおいて「夜行」でデビュー。94年に始まった谷口ジローさんとの「孤独のグルメ」はドラマ化され、新シリーズが始まるたびに話題に。舞台のモデルとなった店に巡礼に訪れるファンが後を絶たない。フランス、イタリアなどでも翻訳出版されている。

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