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患者として体感 日米の医療の違い テニスの試合中に転倒、鎖骨を粉砕骨折し日帰り手術

[ 2024年3月25日 05:00 ]

看護師さん(右)に付き添われて、術後の回復室で過ごしている様子です
Photo By 提供写真

 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師による第20回は、米国で手術を受けた小西医師が感じた、日米の医療の違いについてお届けします。

 ≪受傷後2日で手術 早い連携と効率的な術前検査≫

 日本のがん専門病院から米国のMDアンダーソンがんセンターへ異動して3年半。これまで外科医の立場から、さまざまな日米の医療の違いについてお伝えしてきました。今回、幸か不幸か、患者として米国で手術を受ける機会がありました。医師とは異なる患者の目線で、米国医療のさまざまな違いを体感しましたので、報告します。

 2月末、テニスの試合中に転倒し、鎖骨の肩に近い部分を粉砕骨折しました。受傷当日、強い痛みの中で救急受診したメソジスト病院は、私の働くMDアンダーソンから歩ける距離にある総合病院でした。特にスポーツ整形外科のレベルが高いことで知られています。全くツテもなかったのですが、同業のよしみか、救急受診から電話一本で、翌朝のスポーツ整形外科外来を予約してくれました。

 私を担当してくれたベテランのスポーツ整形外科医マカロック先生は、大リーグのヒューストン・アストロズや全米3大バレエ団であるヒューストン・バレエのチーム医師、さらにNASA宇宙飛行士団の外科コンサルタントなど、そうそうたる肩書を持つ先生でした。エックス線写真をひと目見て「これは手術してプレートで固定した方が早く治るし、変形も残りにくい。仕事への復帰も早いよ」とキッパリ手術を勧めてくれたので、迷うことなく手術を選択。早い方がいいと希望したところ「ならば明日がちょうど手術日だから、予定外だけど追加でやってあげるよ」と気前よく翌朝に手術してくれることになりました。

 手術の簡単な説明を受けた後、術前センターへ回され、術前検査や麻酔科の問診などを1時間ほどで完了。米国では全身麻酔の手術でも術前検査は最低限です。日本では通常、心電図、呼吸機能、胸のエックス線撮影、感染症の採血など、一通りの全身検査をします。しかし、持病のない元気な患者では、これらの全身検査によって術後の合併症や死亡が減るというデータは一切ありません。このため、今回は最低限の採血のみでした。

 私の場合は肋骨に痛みも強かったため、マカロック医師に「肋骨骨折を診断するためにCT検査は必要ないのか」と質問しましたが、「呼吸運動に異常ないから、たとえ肋骨が折れていても手術や固定は必要ない。CTをとっても治療の内容は変わらないから必要ない」と無駄な検査は一切拒否でした。このあたりの無駄を省いた検査効率の良さ、受傷後2日で手術へ向かうスピード感とチーム連携は、さすが米国と感心させられました。

 鎖骨骨折のプレート固定手術は術後の痛みも強く、日本では1泊から数日の入院が通常ですが、米国では日帰り手術です。手術当日、午前4時半に起床して処方された消毒液ソープで全身を洗浄後、家を出発。6時に病院へチェックインします。奇麗で快適な待機室へ通され、当日に手術・麻酔同意書など一通りの書類へサイン。日本では手術前の説明の際、患者さんへありとあらゆる手術の危険性を1~2時間かけて説明するのが慣例です。いわんや訴訟大国の米国では、どれだけ詳細にリスクを告知されるのかと思いきや意外にも10分に満たない最低限の説明のみ。同意書に記載された合併症内容も2~3行の申し訳程度でした。

 ≪徹底的な痛み管理 日本なら1泊~数日入院≫

 私が米国で医師として働く中でも感じていたことですが、米国では過剰に患者を怖がらせることはしません。必要なリスクは最低限伝えた上で、安心させて、よい信頼関係をつくることに重きを置きます。たとえリスクを事前に説明したところで、実際に合併症や死亡事故が起これば訴訟責任は免れません。国民性や法的環境のさまざまな違いが背景にあると感じます。

 いよいよ名前が呼ばれ、麻酔前室へ移動。全身麻酔の前に、麻酔科の先生が肩から腕のブロック麻酔をしてくれました。米国では72時間も効果が持続する局所麻酔薬が使用できるため、このブロック麻酔一発で、術後2~3日は肩から先の感覚が一切なくなり、傷の痛みはほぼゼロでした。手術後の痛みは直後の1~2日が最も強いため、この時期の痛みがゼロになるのは非常に楽でした。

 さらに、痛みが出た時に飲む痛み止めも、通常の消炎鎮痛薬に加え、オピオイド(麻薬性鎮痛薬)、神経作動性鎮痛薬など、日本よりも強力な痛み止めが処方されます。米国では痛みを体への侵襲、負担と捉え、日本よりも徹底的に痛みを排除します。私自身、1時間弱の手術を終え、1時間ほど回復室で完全に目を覚ました後、痛みを感じないので元気に帰宅することができました。これらの徹底した痛み管理により、日帰り手術が可能となっているのです。

 一方で、日帰り手術では、直後から自宅で生活しなくてはなりません。米国で1人暮らしの私には、鎖骨を手術した直後で片腕をサポーターでつるして全く動かせない状態で、自分の身の回りの世話をするのは大変でした。片側の腕だけでトイレはなんとかなりましたが、食事や着替え、シャワーは難しく、着替えで痛みにもん絶したり、手を滑らせて床に食事をぶちまけてしまったこともありました。

 何よりも、海外で慣れない手術を受け、痛みや動作制限がある中で一人過ごすことは、たとえ友人や同僚が近くに住んでいても、精神的にとても不安なものでした。医療者の立場としては、日帰り手術は効率よく、素晴らしい医療です。しかし、患者の立場を経験してみると、日本のように急性期に数日間入院して手厚い看護ケアを受けられる環境は、つくづく患者に優しいと感じました。

 ≪日本円で1000万円 保険適用で自己負担10万円≫

 医療費が世界一高い米国。入院のいらない日帰り手術ですら、その見積額は約6万7000ドル(約1000万円)と高額なものでした。1時間弱ほどの手術と材料費で4万6000万ドル(約700万円)、全身麻酔と薬代がそれぞれ8000ドル(約120万円)、麻酔後の回復室使用1時間で5000ドル(75万円)、といった内訳です。私は米国で働いているので、健康保険でカバーされて実費は600ドル(約10万円)で済みましたが、保険がなければどうなっていたことか。旅行や出張で渡米される方は、万が一のケガや事故に備え必ず海外旅行保険に入ることをお勧めします。

 今回、外科医から患者となって、改めて日米の医療の違いを、これまでとは異なる目線で経験することができました。どちらが優れているかではなく、それぞれの国の事情や国民性に合わせた最適な医療が行われていると思います。なお術後経過ですが、幸いにもマカロック先生が断言したとおり順調に回復。手術後2週間で職場復帰し、腕や肩への負担の少ないロボット手術から再開できています。


 ◇小西 毅(こにし・つよし)1997年、東大医学部卒。東大腫瘍外科、がん研有明病院大腸外科を経て、2020年から米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤務し、大腸がん手術の世界的第一人者として活躍。大腸がんの腹腔鏡(ふくくうきょう)・ロボット手術が専門で、特に高難度な直腸がん手術、骨盤郭清手術で世界的評価が高い。19、22年に米国大腸外科学会Barton Hoexter MD Award受賞。ほか学会受賞歴多数。

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