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【だから元気!】春風亭昇太 見えないものが見えてくるおも城さ

[ 2019年3月1日 12:00 ]

お城の縄張り図を手に、目を輝かす春風亭昇太(撮影・久冨木 修)
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 日本テレビ「笑点」の司会、俳優、ナレーター…。幅広く活躍する落語家、春風亭昇太(59)。4月からはBS朝日で新番組もスタートする。アラ還とは思えないフットワークと若々しさを支えているのが、趣味の城歩き。その醍醐味(だいごみ)と魅力を聞いてみた。 

 疲れたなあって思った時、城を見に行ったり、城の本や資料を読みたくなるんです。僕にとって元気の源は城。無心になれて没頭できる。そうすることで、オンとオフが切り替えられて、仕事に向き合う力が湧いてくるんですよ。

 城との出合いは中学時代でした。実家でへその緒が入っている桐箱を見つけたんだけど、そこに書いてあったのが「静岡県清水市二の丸町」(現在は静岡市清水区)っていう出生の住所。「二の丸」っていう名称が城にまつわるものってぐらいは知っていたけれど、このあたりに城があったなんて聞いたことがないなあって不思議に思ったんですね。

 それで図書館に行って調べたら「江尻城」ってお城があったことが分かったんです。しかも、戦国時代有数の築城名人、馬場美濃守(ばばみののかみ)によるものだって。今は市街地化されて何もないのに、中世の武将が暮らしていたと思うと、物凄くワクワクしました。

 今でもその気持ちは変わりません。天守や石垣といった遺構が残っている近世の城郭も好きですが、中世の城郭は山とか丘とか地形を利用して、敵の侵入を防ぐために堀を掘ったり、土を盛ったりした土造りの城で、地域や築城者によって特色が出るのが楽しいし、数も中世の城の方が圧倒的に多い日本の城のスタンダード。建築物は残っていないので、写真を見せても「ただの山ですよね」と言われますけど、僕の頭の中にはくっきりと城が見えています(笑い)。

 縄張り図を持って、中世の城があった場所に行って、重機のない時代にどうやってこんな堀を造ったんだろうとか、ここはこんな戦略で造ったんじゃないかと想像してニヤニヤしています。おかげさまで最近では城郭研究の先生や学芸員の知り合いが増えて最新情報が入りやすくなってうれしい限りです。城に行けない時には家で一人で縄張り図を見てニヤついています。

 そもそも城って基本、人が入ってこられないようにしているもの。だから、苦労して上に登らないといけない。尾根にいくつもあった城を巡っているうちに山中に5時間ということもありました。だけど全く疲れない。恐ろしいですね、好きなものって。落語なら45分でも長いって思うのに(笑い)。この城歩きは僕の健康法にもなっているんです。

 落語家って凄くインドアな仕事。ザブトンの上が僕らのフィールドで、体動かすとか歩くとかほぼしなくていいものなんです。それが城には自分の体を持っていかないといけない。そうすると森林浴にもなるし、ほどよく足腰を鍛えられて、地元のおいしいものも食べられる。帰りには地酒を飲みながら帰ってきていい気持ちにもなれますからね。

 日本にはどんな町にもお城があったといえるほどで、その数は3万とか4万、5万という説もあるほど。僕は地方でお仕事を頂くと、乗車券を変更して3時間ぐらい早めに到着して歩いています。皆さんの家の近くにもお城があったんじゃないかな。

 最近、中世の城郭を語れる芸能人が少ないということで、ありがたいことにトークショーなど、仕事で呼ばれることが増えてきました。だけど、仕事はほどほどにと思っています。好きな落語が仕事になってしまって、真剣に向き合わなくてはいけなくなった。趣味が一つ減ったと思っています。大切な趣味として城は守っていきますよ。

 【BS朝日冠番組で4・3スタート】BS初冠番組「春風亭昇太の少年時代工房」(水曜後10・00)が4月3日、BS朝日でスタートする。過去にスペシャル番組として2回放送し、好評でレギュラー化。ゲストが子供のころに抱いた夢を昇太がともにかなえていく番組。過去の放送ではドラム缶風呂やイカダなどを手作りした。大人になった今だからこそ、お金も知恵もフル稼働。「このお話を聞いた時、“やります”って即答でお返事しました。視聴者の皆さんもきっとやり残した夢があるはず。この番組を一緒に楽しめると思います」と意欲満々。レギュラー放送の初回は、山口智充(49)と意外なもので楽器を作る。

 ◆春風亭 昇太(しゅんぷうてい・しょうた)本名・田ノ下雄二(たのした・ゆうじ)1959年(昭34)12月9日生まれ、静岡市(旧清水市)出身の59歳。東海大文学部歴史学科日本史課程中退後、82年に春風亭柳昇に弟子入りし、春風亭昇八を名乗る。86年に二ツ目昇進、昇太となる。92年、真打ち昇進。00年文化庁芸術祭大賞受賞。06年日本テレビ「笑点」の大喜利メンバーとなり、16年に桂歌丸さんから司会を引き継いだ。

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