細やかな人間描写がしみいる!五所映画祭

[ 2021年10月23日 13:56 ]

五所平之助監督の名作「煙突の見える場所」のDVDジャケット

 【佐藤雅昭の芸能楽書き帳】国産初の本格的トーキー映画「マダムと女房」で知られる五所平之助監督(1902―81)。没後40年を記念した回顧上映が東京・京橋の国立映画アーカイブで10月19日から始まった。11月23日まで開催される。

 渡辺篤、田中絹代らが出演した「マダムと女房」は郊外に新居を見つけた劇作家夫婦の日常風景をコミカルに描いた。クレジットの文字を右から左に読ませるのが時代を感じさせる。初トーキーということで音を意識した作り。音楽映画としても楽しめる一編だ。公開された1931年(昭6)は満州事変が起こり、八千草薫、高倉健、9月30日に亡くなった作曲家すぎやまこういちさん、山田洋次監督、勝新太郎、香川京子らが産声をあげている。

 久我美子も31年の生まれ。五所監督が57年に発表した「挽歌」で、奔放に生きるヒロイン兵藤怜子を演じている。建築家・桂木(森雅之)とその妻(高峰三枝子)との不思議な“三角関係愛”を描いた原田康子のベストセラー小説の映画化で、筆者の故郷で、霧の町として知られる釧路でロケが行われたと古い資料にある。

 76年にも河崎義祐監督のメガホンで映画化され、こちらはヒロインに秋吉久美子(67)、桂木に仲代達矢(88)、その妻に10月22日に米寿を迎えた草笛光子が扮した。もちろん釧路市内でも撮影が行われ、市内の高校に通っていた筆者もロケ見物に出掛けたものだ。

 「挽歌」でグッと身近に感じるようになった五所監督だが、やはり「煙突の見える場所」(53年)を見た時の感動は忘れられない。今でも時々DVDを引っ張り出すが、見る度に引き込まれる。

 椎名麟三の「無邪気な人々」の映画化。見る場所によって本数が違って見える北千住のお化け煙突。その界隈に住む人々の日常を描いた。足袋問屋に勤める中年男とその妻、そして2階の下宿人という2組の男女と、下宿の前に捨てられた赤ん坊をめぐって物語は展開してゆく。競輪場の風景など当時の風俗がのぞくのもたまらない。

 「マダムと女房」にも出演していた田中絹代はじめ上原謙、高峰秀子、芥川比呂志、浦辺粂子、関千恵子、花井蘭子ら芸達者が、五所ワールドに染まって見事。音楽を手掛けたのは作家・芥川龍之介の三男である芥川也寸志で、毎日映画コンクール、ブルーリボン賞の音楽賞を受賞。長兄の比呂志は毎日映コンで助演賞を贈られている。

 回顧上映では他に「井上靖原作の3部作「わが愛」(60年)「白い牙」(60年)「猟銃」(61年)や「愛と死の谷間」(54年)「恐山の女」(65年)など36本がラインアップされた。さらに「十九の春」(33年)の撮影風景など五所監督の姿が映った貴重な映像もお目見えする。

 来年は生誕120年。新たな企画も待ちたい。

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