【内田雅也の追球】「野球の日」に見た醍醐味 終盤まで接戦、ピンチの芽を摘んだ阪神守備陣

[ 2020年8月10日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神5-1広島 ( 2020年8月9日    マツダ )

<広・神(8)>8回1死一塁、西川の二ゴロを捕球し一塁に送球する植田 (撮影・奥 調)
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 「野球の日」だった。や(8)きゅう(9)の語呂合わせで呼ばれる。スポーツ用品のミズノが提唱していた。球活委員会(野球・ソフトボール活性化委員会)も主張していたように記憶する。

 この「野球」という訳語、ベースボールを野球と名づけたのは旧制一高(今の東大)の中馬庚(ちゅうま・かのえ)である。

 日本にベースボールが伝わったのが1872(明治5)年。以来、適当な訳語はなく、「打球鬼ごっこ」や直訳の「底球」「塁球」などがあったが、定着していなかった。

 一高のベースボール部史編さんの依頼を受けた中馬は訳語に頭をひねった。1894(明治27)年秋の夜、寄宿舎で後輩の青井鉞男(よきお)が「千本素振り」をしていると、中馬が息をはずませてやってきた。

 「青井、よい訳を見つけたぞ。Ball in the Field――野球はどうだ」

 さらに後輩の君島一郎が『日本野球創世記』(ベースボール・マガジン社)で<青井の直話>として紹介している。野原で遊ぶ球技という意味である。野球本来の特徴をとらえた名訳だった。後に全国に広まり、定着していった。

 今のプロ野球の球場で野原に最も近いのがマツダスタジアムだろう。内外野総天然芝である。

 選手にとっては人工芝で屋根付きのドーム球場の方が守りやすい。不規則バウンドや風雨など天候の影響を受けない。チーム守備率で広島がリーグ5位、内野が土の甲子園の阪神が6位なのは、そんな条件もある。

 ただ、この夜のマツダでの一戦は好守、美技の応酬だった。終盤まで1点勝負と試合を引き締めていたのは両軍の守備だった。

 阪神で言えば、3回裏1死、坂倉将吾の右中間大飛球を近本光司が俊足を飛ばし、フェンスに激突しながら好捕した。しばらく立ち上がれないほどの衝撃を受けながらボールを離さなかった。

 4回裏先頭、鈴木誠也の強烈で不規則バウンドしたゴロを大山悠輔がさばいた。8回裏1死二塁で西川龍馬の一、二塁間ゴロをさばいた植田海も体を反転させての送球を含め、目立たないが好プレーだ。いずれも難しい打球で、もし生かしていれば、すぐにピンチとなる打球だった。

 広島も堂林翔太、菊池涼介、田中広輔、西川らが再三の好守を見せた。

 阪神からすれば、遠藤淳志の投球を見極め、粘り、5回まで103球を投げさせながら2点しか奪えなかったのは、相手の好守にあったからだ。

 野球の名付け親・中馬は1897(明治30)年に著した、わが国最初の野球専門書『野球』で<球の受け方は(中略)野球の基礎をなせり>と記している。好捕の近本、大山である。さらに<受け方の目的とする所>の<第二>は<速やかに投げ返すこと>とある。好送球の植田である。野球の草分け時代から、守備の重要性は変わらない。

 阪神勝利のヒーローはもちろん、先発で6回1安打1失点の秋山拓巳であり、長打で先制・勝ち越し・ダメ押しにからんだ4番・大山悠輔である。守備陣は目立たずとも陰で勝利を支えていた。

 8月に入り、8日まで2勝5敗、7試合で6失策と乱れていた守備は無失策で守り抜いた。野原での動き回った阪神の守備には、野球本来の醍醐味(だいごみ)が詰まっていた。=敬称略=(編集委員)

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