【アニ漫研究部】たらちねジョン氏「海が走るエンドロール」が65歳女性を主人公にした理由

[ 2023年2月25日 08:40 ]

映画館で会った美大生・海の指摘で、映画を撮りたい思いに気づくうみ子。心がざわめく様子が、波や海で表現される
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 人気の漫画やアニメを掘り下げる「アニ漫研究部」。今回は65歳女性が一念発起して映画監督を目指す人気漫画「海が走るエンドロール」の、たらちねジョン氏のインタビュー前編です。2020年、秋田書店の漫画誌「月刊ミステリーボニータ」で連載が始まり、各種の人気漫画ランキングで上位入り。今月16日に最新の単行本4巻が発売され、ますます面白い展開になっています。

 主人公の茅野うみ子は、夫を亡くして間もない65歳。たまたま入った映画館での出会いから、映画を撮りたい気持ちが心の奥に眠っていると気付き、美大に入学する。2020年に連載が始まり、翌年に1巻が発売されると、宝島社「このマンガがすごい!2022」オンナ編で1位を獲得。翌年も同部門で6位に入るなど、注目を集めている。

 何かを始める際、年齢を大きなハンデと感じがちだ。それに立ち向かう主人公を、思わず応援しながら読んでしまうが、そこが主題ではないようだ。たらちね氏が語る。

 「伝えたいことはいろいろありましたが、まず描きたかったのは、モノづくりする葛藤、苦しさでした」

 近年では「傘寿まり子」が80歳、「メタモルフォーゼの縁側」が75歳の女性を描いて話題になったが、高齢女性を主人公とする漫画はまだまだ少ない。65歳という年齢設定について、担当編集者が語る。

 「自身自身が少女漫画、女性向け漫画で育ち、当時の自分より年上の高校生や大学生のキャラクターが身に付けた物や行動、生き方を見て楽しんでいました。たらちね先生には “何か新しいことを始めた年上の女性が活躍する姿を見たい”という話をしました」

 65歳といえば、シルバー割引が始まり、人によっては年金の受給が始まる年齢だ。一方で「高齢者」とされながら、まだまだ活動的な人も多い。一つの区切りではあるが、心のゆらぎも描ける年代かもしれない。うみ子は専業主婦として平凡に生きてきた自身に何の才能があるのか悩みながらも、日々浮かぶモヤモヤや、ぼんやりした思いの中から“撮りたいこと”を見つけ、進んで行く。

 現在、たらちね氏は30代。うみ子より30歳も下だが、その心情描写はリアルに感じられる。

 「取材対象が近くにいた方がいいと思っていたら、当時ちょうど母が65歳でした。その周りの友達にも話を聞きました。どんな映画を見ていたか、どんなデートをしていたか、大学生の頃はどんな感じだったのか…いろいろ聞きました」

 劇中では、うみ子が20代の学生たちとギャップを感じ、年齢差を自虐の笑いに変えようとしてスベる場面がある。

 「あれは自分の経験を入れ込んだものです。30代に入った頃、大学の後輩たちに話が通じなくて、おどけた口調で“そっかぁ~。○○(芸能人の名前)知らないかぁ~”などと笑いを誘ったつもりが、みんなにポカーンとされました。そういう自虐は、年を重ねるごとにズレはじめると感じました。年の差、年下の若い子を見る気持ちが変わり始めた感覚があり、そういうものを入れたいと思いました」

 徐々に年下の世代が増え“若者”と離れていく感覚。実体験で感じた思いを増幅させて描いている面もあるようだ。

 「当初は65歳の感情が描けるかという不安もありましたが、やってみたらストンと来た感じでした。日々思うことも、うみ子さんを通して描いている気がします」

 うみ子が抱える「この遅いスタートで、どれだけの経験を積んでいけるのか」との不安は、65歳でなくとも感じる思いかもしれない。たらちね氏自身も抱えていた思いだという。

 「デビューから7年、いわゆる“売れない漫画家”として過ごし、“時間がない”という感覚は私にもありました。60歳まで描いたとして、年に2冊の単行本が出せたとしても、人生で描けるのは60冊程度。現実的には30冊前後かな…という焦りはずっとありました」

 65歳でも30歳でも、将来に感じる不安は思ったほど変わらないのだろうか。いわゆる“現役世代”にも響く漫画となっている。

 次回は、たらちね氏の漫画家人生や、「海が走るエンドロール」の今後について語ってもらいます。

 ◇たらちねジョン 女性。1月20日生まれ。兵庫県出身。代表作は「アザミの城の魔女」(竹書房)、「グッドナイト、アイラブユー」(KADOKAWA)など。「たらつみジョン」名義でBL作家としても活動。

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