【アニ漫研究部】印刷漫画「刷ったもんだ!」染谷氏「いつかは描きたい“幻の”グラデ便せん」

[ 2023年2月18日 10:00 ]

「刷ったもんだ!」の1場面。“作中作”の漫画「白銀の拳」が黒瀬と真白の距離を縮める共通の話題となっている(c)染谷みのる/講談社
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 人気の漫画やアニメを掘り下げる「アニ漫研究部」。今回は印刷業界を描くお仕事コメディー漫画「刷ったもんだ!」の染谷みのる氏のインタビュー後編です。今後の展開や目標、ファンの間で人気の“謎の作中作”について聞きました。

 「刷ったもんだ!」は新型コロナウイルス流行直前の2020年1月、週刊漫画誌モーニング(講談社)で連載開始。漫画サイト「モーニング・ツー」に掲載の場を移し、当初描きたかった「印刷会社の1年」はある程度描き切ったというが、描きたいことはどんどん増えていく。

 「展示会で見た最新の印刷機には凄く感動したので描いてみたいですね。また同人誌即売会などで1990年代に流行した『グラデーション便せん』なども描いてみたい。グラデ便せんは、カラー印刷が高価だった時代に一世を風びしたグッズですが、今は皆カラーで刷れるので必要なくなって廃れていったんです。でも当時の資料がないから描くのは難しいかな」

 小さな頃から「絵を描くのが好きだった」という染谷氏。中学生の頃からネットにイラストや短い漫画をアップするようになり、徐々に同人活動にも触れるようになる。印刷会社に就職後も制作活動を続けていたが、出版社から漫画誌で連載のオファーを受け、漫画家一本で行くことを決断した。

 「ネットや同人誌での活動は、イラストや4コマ漫画がメインでした。ストーリーのある長めの漫画は描けないと漠然と思っていたのですが、思っていたよりも描くことができていて驚いています」

 連載3作目となった「刷ったもんだ!」でも、染谷氏自身が気付いていなかった新たな能力が発揮されている。キャラクターを描き分ける力だ。作中の印刷会社には、印刷課や製本課、企画デザイン課、営業課、生産管理課など多くの部署があり、それぞれが協力し合い、ぶつかり合う。担当編集者が語る。

 「非常に多くのキャラクターが登場しますが、今のところビジュアル的にも性格的にもカブるキャラがいない。ちゃんと描き分けられている。お仕事漫画を描くのに合っていたんだと思います。それに、1人イジればお話ができそうなキャラが何人かいて、編集者としてはやりやすい」

 キャラバリエーションの豊富さは、多くの人が関わって商品やサービスが完成する“仕事”や“会社”を、人間ドラマとして面白く描く上で大きな武器となる。染谷氏自身、多くのキャラクターを描くことを楽しんでいる。

 「もともと読む側としても群像劇が好きでした。イラストにも、たくさんのキャラを描くのが好きで“集合絵”のようなものをよく描いていました。そういう性質が、こういう流れになって生きているのも自分としては納得です」

 主人公・真白悠と黒瀬宏文が繰り広げる恋愛未満の展開も見どころだが、架空の漫画「白銀(しろがね)の拳」が2人の共通の話題として距離を縮める仕掛けとなっている。着想は、染谷氏の漫画遍歴が生きている。

 「タイトルは格闘漫画の名作『北斗の拳』に似ていますが、直接のモデルではないです。小学生の頃は『なかよし』(講談社)などの少女漫画誌を読んでいたのですが、中学に入った頃から『少年ジャンプ』(集英社)や『アフタヌーン』(講談社)などの少年誌、青年誌を読むようになりました。年の離れた兄や姉たちが読んでいた少し昔の作品に触れる機会も多く、そのあたりが『白銀の拳』のイメージ形成にも繋がったのではないかと思います」

 染谷氏の話を総合すると、どことなく1970~80年代に一大ジャンルとなった“硬派なケンカ漫画”の雰囲気が漂う。強い男たちが何らかの理由で殴り合い、絆を深めていく物語のようだ。筋書きや登場人物の素性は“ふんわり”していて不明だが、ファン同士が作品世界を語り合う楽しさが伝わってくる。

 「漫画内でも、真白たちの感覚的には“少し前の世代がハマった漫画”。ファンが作品のアツい名台詞を口にしたり“聖地巡礼”を楽しむ姿を描いています」

 「白銀の拳」のスピンオフの計画などはないのだろうか。

 「私の画風がアツくないので、それは難しいかもしれませんね…え?北斗の拳の原哲夫先生に描いてもらう?そんなおそれ多い!豪華すぎて、そちらがメインになってしまいます」

 漫画の電子化が進む中で、スマホやタブレットの画面では伝わらない色味を伝える試みもみられる。昨年12月に発売された単行本8巻には、初版限定で登場キャラを特殊印刷したカードを封入。コニカミノルタジャパン社の印刷で、金属箔の加工を施したもので、光の当たり具合でキラキラ輝く美しいカードだ。

 「あれを作ったのは最新の機械で、劇中で主人公たちが勤務する『虹原印刷』にはない設定です。こういう漫画ですから、付録や装丁などで面白いことができればいいなとも思いますが、予算の問題もあって私が決められることではないので、なかなか…。以前の担当さんから“豪華な装丁の本は、選ばれし者にしか出せない”と言われたこともあります。個人的には、紙見本とかほしいですね。手ざわりが良いものがあったりで、劇中の登場人物がほおにスリスリするシーンも描いています。あ。これは私が欲しいだけで、付録に…という話ではないです(笑い)」

 印刷の面白さを感じられる豪華付録や豪華本、または豪華スピンオフなどが実現するのを楽しみに待ちたい。

 ◇染谷 みのる 漫画家・イラストレーター。奈良県出身。主な作品に「サンタクロースの候補生」(芳文社)、「君はゴースト」(祥伝社)。

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