日本ハム・栗山監督 「栗の樹ファーム」から始まった10年間の歩み 「ここに来ていなければ…」

[ 2021年10月27日 05:30 ]

パ・リーグ   日本ハム1-0西武 ( 2021年10月26日    札幌D )

栗の樹ファームの看板の前で、直筆の「令和」を持つ栗山監督
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 北の大地でのラストゲーム。北海道の10年間をサヨナラ勝ちで締めくくり、日本ハム・栗山監督は「本当に長い間ありがとうございました」と感謝した。10年という月日の重みが詰まった言葉だった。

 「ここ(栗山町)に来ていなければ、間違いなく日本ハムの監督はしていなかった」。そう振り返る通り、全ての始まりは「栗の樹ファーム」にあった。

 名前が同じ縁で交流が始まった同町に、町民の協力を得て野球場を造ったのは02年。日本ハムの北海道移転の2年前だった。当時「野球場を造りたい」と考えていた栗山監督の背中を押したのが、映画「フィールド・オブ・ドリームス」。99年、映画の舞台となった米アイオワのトウモロコシ畑の中の野球場を訪れて感激した。「違う国の子供たちが言葉が通じないのに仲良く野球をしていた。野球って凄いなと」。私財を投じて映画と同じ天然芝のグラウンドを造り、ログハウスに自身が収集した野球のお宝グッズを展示した。

 映画はケビン・コスナー演じる主人公レイが「それを造れば彼が来る」という声を聞いて野球場を造ると、往年の名選手がやって来て最後に「彼(仲たがいしたまま他界した父)」が現れる。栗山監督は言う。「それを造ったら、監督の話が来た」。栗の樹ファームの開場から10年後に監督就任。そして現れたのは「ユニホームを着た自分と“監督と野球ができてよかった”と言ってくれる全ての選手たち」だった。

 斎藤が開幕投手で勝った12年にリーグ優勝し、二刀流・大谷(現エンゼルス)が躍動した16年は日本一に輝いた。夢のような北海道での10年。それは「北の大地のフィールド・オブ・ドリームス」で見た正夢だった。(秋村 誠人)

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