ベイカー茉秋 史上初90キロ級頂点「銀とじゃ違う」勝利への執念

[ 2016年8月12日 05:30 ]

リオ五輪<柔道・男子90キロ 決勝>金メダルを披露するベイカー茉秋

リオデジャネイロ五輪柔道・男子90キロ級決勝

(8月10日)
 男子90キロ級のベイカー茉秋(21=東海大)が、同階級で日本勢初の金メダルを獲得した。決勝でバルラム・リパルテリアニ(ジョージア)を下して優勝。日本柔道男子は今大会これまでの全階級でメダルを逃しておらず、メダル獲得総数は64年東京五輪から50個目となった。父が米国人のベイカーは昨年の世界選手権3位で今回の柔道男子代表の最年少。20年東京五輪でも中心選手として期待される。

 ブーイングの中で何とも晴れやかに笑っていた。新感覚の王者にはこんな戴冠の場面が不思議と似合った。有効を奪った後の2分半、ベイカーは逃げに徹した。指導をもらってもポイントのある自分が優位。ブーイングも気にしない。両手を突き上げた天真らんまんな笑顔は、全てを納得させるほど魅力的に輝いた。

 「カッコよく終わりたかったけど、銀と金じゃ凄く違うと分かっていた」。試合後もとにかく笑顔、笑顔…。少し照れくさそうでも後悔はなかった。勝利に徹したベイカーの姿。男子代表の井上康生監督も「彼の執念と見てもらえばありがたい」と後押しした。

 強くなるために、勝つために最善の道を見つけ出す。それはベイカーそのものだ。中学生の頃、08年北京五輪金メダルの石井慧が通った東京・御徒町のジム「サンプレイ」を自分で見つけ、試合がある日も通い詰めた。

 「君は体重が増えれば増えるほど強くなる」。東海大浦安高時代には当時監督だった竹内徹さんの進言に従い、1日7食の食事と徹底したトレーニングに取り組んだ。中3での60キロ級から高3で90キロ級まで成長。その過程でも“ベイカー流”を押し通した。

 「僕は体を大きくしたい。ランニングよりもジムに行った方が体が大きくなる」。部の早朝ランニングでのエネルギーを夜のジムワークに使いたい。ランニング練習はなくなった。乱取りも2本、3本とやって休憩を挟む。理由を問いただすと「僕は一本一本で力を出しすぎる。何本も持ちません」と言った。「あの子は必ず理由があるんです」と竹内さん。結果的に史上4校目の高校3冠を達成した。

 五輪代表に決まった後は、その竹内さんに特別コーチを依頼した。異例のことだが井上監督に許しを得て常時帯同。わがままと映らないのは、柔道への真摯(しんし)な取り組みと人柄ゆえだ。

 井上監督は「日本にとって新種の選手。これまで日本で否定されていたタイプの柔道。それが五輪で優勝して新たな面白さを切り開いた」と個性を表した。重い階級でありながら、軽量級で得た体さばきや技を持つ。胸を張るのでなく、腰を引いた組み姿勢も独特だ。準決勝で残り49秒から逆転したように、スイッチを切り替えれば攻撃柔道も自由自在。何より柔道日本の五輪代表で初めてのカタカナの名前が新しさを象徴している。

 男子全階級で金メダルを獲り、低迷する柔道人気の起爆剤にする。ひそかに抱いていた野望だった。「それが(初日から)銅、銅、金、銅ときてたんで。まあ仕方ないなと思った。僕1人で(昨年の)ラグビー代表ぐらいいくかなあ…」。こんな言葉も嫌みには響かない。90キロ級での金メダルは日本人初めての快挙。「歴史に名を刻んだってことですよね」と底抜けに明るい笑顔で自らの金メダルを誇った。 

◆ベイカー茉秋(べいかーましゅう)

 ☆生まれ 1994年(平6)9月25日生まれの21歳。東京都千代田区出身。

 ☆サイズなど 1メートル78。右組み。得意技は大外刈り、大内刈り。

 ☆競技歴 自宅から自転車で10分ほどの場所に柔道の総本山「講道館」があり、そこを拠点とする春日柔道クラブで始める。

 ☆タイトル 東海大浦安高では高校選手権、金鷲旗、インターハイの3冠達成。東海大進学後の15年世界選手権で銅メダルを獲得。今年5月のマスターズで優勝し、世界ランク1位となった。

 ☆増量 高校入学時の66キロ級から1日7食の増量計画で90キロ級までアップ。トレーニングも相まって5カ月で10キロ増やしたという。

 ☆整理整頓が苦手 部屋は雑然としており、母・由果さんが部屋を片付けても「俺のトロフィー捨てたでしょ!?」と電話がかかってくる。たいてい数時間後に「あった!」と連絡が来る。

 ☆イケメン 代表決定後には女性誌からの取材も舞い込んだ。甘いマスクにはタレントのマツコ・デラックスも注目。

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