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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】幻の牛煮込みが食べたくて…

[ 2016年1月15日 05:30 ]

「串銀」の外観
Photo By スポニチ

 「1000円でベロベロになれる」…そんな“センベロ”安酒場を求めて今年も夜の街へ…ライター・さくらいよしえが向かったのは足立区は日光街道沿いにある「串銀」。定番の串焼きのほかに提供される一皿は職人ワザが光る逸品ぞろい。厨房(ちゅうぼう)で繰り広げられる“親子劇場”も酒と料理の味を引き立てる。

 大きな赤提灯(ちょうちん)のもつ焼き屋。うまい牛の塩煮込みが評判だが、「きょうはなくて」と“番頭さん”が申し訳なさげに言う。ぬっと現れたのは濃ゆい半生を顔面に迸(たぎ)らせた親方だ。「あともう少しなんだ」

 冷凍室を覗(のぞ)くと桃色にきらめく肉が整列。肉料理で余った切り落としが、30人前たまったところで仕込むのが秘訣(ひけつ)らしい。

 もつ焼き屋なのに、モツ煮じゃない煮込みがある。そう、ここはただの串焼き屋にあらず。

 肉厚な焦がしチーズステーキに、出汁(だし)が染みたふっくら浅羽カレイ煮、生ニラと唐辛子のニラムンチまで和洋韓の料理が出てくる。もちろん串も一級。角が立ったレバーはレア焼き、コブクロは希少部位のカタコブまである。

 親方は10代から和食の修業を積み日本料理店を開業するも、これからは一本100円の串の時代と思い切った。結果、われわれ大庶民も本格割烹(かっぽう)の味にあやかれる幸運。

 串銀ボールを飲みながら、ふと思った。番頭、親方と呼び合うこの2人の関係は。「義理の父です」と番頭。ああ嫁の父上かと思ったら違った。「母が再婚した時、僕はもう20歳過ぎてました。でもやりにくいです、すごく。人は(興味津々で)見るし、親方は怖いし」。…それは絶対やりにくい。

 10年前、勤務先の会社が傾きかけた時、義父に料理の道に誘われ、「渡りに船か」と弟子入り志願。しかし、飛んで火にいる夏の虫、「目で盗め」という昔気質と当然拮抗(きっこう)。「ほうれんそう世代だから言われないとできません!」

 ついに退職を心に決めた日、あの地震がおきた。

 街道にあふれる帰宅困難者のため、店を開けると言ったのは親方だ。番頭は一心不乱に熱燗(かん)と煮込みを出し続ける。「夜になりテレビを見たら、家族を失ったみなしごが映っていて。自分は甘いなあって…(思い出し涙)」

 一方親方は、「息子はまだまだ。みっちり修業しろいって。でもネギを切る音が変わったの。サク、サクだったのが、タタタタって一本の音になってね。涙?別に出ないよ」。

 難しい煮物も、煮立った時とさめた時の味を教えるだけ。師弟は主に背中で会話する。「ところで親方はおいくつで」と聞くと、「俺、何歳だ」「58です」と代わって答える番頭さん。ツンデレの似た者親子なり…(泣)。 

 待て!

 落涙するのは幻の牛煮込みを食べた時だ。(さくらい よしえ)

 ◆串銀 串物など固定メニューのほかに“黒板メニュー”は日替わり。親方の村山智也さん、番頭の村田賢一さんの連携プレーで呑(の)み助たちをうならせる逸品メニューが次々と生み出される。ただしいったん登場しても、人気がなければメニューから消滅。料理を受け止めるのは「串銀ボール」。焼酎ハイボールで、酎ハイのもと「天羽の梅」入りは正統派下町流。本文で紹介している「カタコブ」は豚の子袋(子宮)の芯の部分。歯ごたえがあってうまい。東京都足立区足立4の14の1。(電)03(5888)7085。営業は午後5時から深夜0時。月曜日定休。

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