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【全国ジャケ食いグルメ図鑑】中国・上海 異国でビックリ“味な縁”

[ 2018年9月21日 12:00 ]

中国・上海で“見つけた”茂隆餐丁の店構え。金文字のバックが珍しい青地で、新鮮
Photo By スポニチ

 人気ドラマ「孤独のグルメ」の原作者、久住昌之さんが外観だけで店選びをする「全国ジャケ食いグルメ図鑑」。中国でも「孤独的美食家」の題名で漫画もドラマも大人気の「孤独のグルメ」。現地で舞台化が決まったため、上海入りした久住さん。そこで“ジャケ食い海外編”を敢行したところ、予想もしなかった驚きの展開が待っていました。

 上海に行ってきた。ボクが原作の「孤独のグルメ」が中国で演劇になるというので、そのマスコミ取材を受けるためだ。「孤独…」の中国での人気に改めて驚いた。

 インターネットの食べ物サイトに取材された時、市内の「進賢路」という古い飲食街に案内された。そこをボクがふらりと散歩するのが動画で収められた。途中「クスミさんが気になる店に入って、何か一品食べてください」と言われた。「お、ジャケ食い海外編か!」とすぐ思う。

 新しいブティックやヘアサロンが並ぶ通りだが、その2階には盛大に洗濯物が干してあり、おしゃれと庶民臭さが重なった不思議なエリアだった。

 その一角に飲食店が並んでいた。さてどこに入ろうか。日本語の通じない数人の若いカメラマンと、少しだけ日本語ができる女性ディレクターに、遠巻きに追われているので、ちょっと焦る。そして、ボクがジャケットつまり店構えだけで決めた店がここだ。

 「茂隆」。青地に金文字。金文字は中国で珍しくないが、地がこの青は珍しく、上海のこの街で新鮮に見えた。普通は赤だ。なんて読むのか知らないが「しげたか」って日本人の名前のようにも読める。小ぎれいだが、古そうでもある。

 昼前で、他の店はぼちぼちグループ客が入っていたが、この店だけ客がいなかった。そして他の店は、店の前に簡単なメニューが貼ってあるか、売りの一品の写真が貼ってあって、何らかのヒントがあった。ここは無い。でも店前はきれいに掃き清められていて、扉脇に置かれた小さく華奢(きゃしゃ)な白いベンチ(物置?)がかわいい。

 少し開いたカーテンから覗(のぞ)くと、木のテーブルが4つ見えるだけの小さな店で、奥に店主らしい髪の薄い年配の男がいた。その人の感じも庶民ぽかった。ボクとガラス越しに目が合うと、ギュッと見つめて「いらっしゃい」というテレパシーを送ってきた。もうここに入るしかない。

 女性ディレクターを見ると「どうぞどうぞ」と手を振る。店に入ると、店主が大きな声で「ニイハオ」と言ったので、ボクも「ニイハオ」と答えた。

 ディレクターが入ってきて、店主とメニューを見ながら何かやりとりした。中国人の会話は声が大きくてケンカしてるみたいだ。結局、店にカメラは入らず、ボクが食べて出てきたところで感想を言うことになった。

 上海らしい料理が食べたいと思い、ボクが決めたのが「紅焼肉尖椒」と、名前は忘れたが川の貝の料理、そして上海ならではの青菜料理。そして青島ビール。一人では食べられないので、今回日本から同行した編集者と、通訳を呼び入れて男3人で食べた。

 これが全部アタリで最高においしかった。まず店でも1番人気という紅焼肉尖椒は、豚の角煮みたいだが、肉が締まっていて、脂身の部分もおいしい。シシトウも入ってる。醤油(しょうゆ)ベースのちょっと甘い味付けもビールにバッチリだ。

 貝料理はあさりの仲間で、細長い殻の、川で採れるというもの。これがめちゃくちゃうまかった。臭みが全然なく、プリッとして淡白な味の身は、あさりよりおいしいと思った。酒蒸しっぽいが、薄味でいくらでもいけそう。このタイプの貝初めて。

 最後に出てきた青菜は、空芯菜や豆苗に似てるが、もっと繊細で他にない歯応え。肉を食べてる口に、合いの手として最高。

 通訳の人が店主に聞いてみると、最初の女性ディレクターの態度が失礼だったそうで、最初ムッとしていたようだった。でも通訳さんが料理のことを聞いているうち、機嫌が良くなってきて、ニコニコしてきた。我々に「日本人か?」と聞く。「ウチには有名な歌手のタニムラシンジがよく来る」と言う。

 驚いた。ボクは今年の夏に谷村新司さんと初めて対談した。谷村さんが「孤独のグルメ」の大ファンで、本人からのご指名だった。

 その時、谷村さんは「有名な高級料理店より、街の庶民的な店が好き」と明かし、「上海の大学で教えていた時、授業が終わると学生にそんな店を教えてもらい、一緒に行った。今でも、その時に知った店に行くのを楽しみにしている」と言っていた。

 どうやらその店なのだ、ここが。谷村さんの話を前夜、上海の夕食の席でボクが話していたので、編集者はビックリ。今月末にも上海で谷村さんのコンサートがあり、この店に既に予約が入っていると言うから、さらにビックリだ。

 この広い上海で、よくそんな店をボクは選んだものだ。しかもジャケットで!

 店主もさすがに驚いていた。谷村さんにメッセージを残したいと言うと、有名人が来た時に書いてもらう自慢のノートを出してくれた。ボクはそこに、この偶然を綴(つづ)り、サインをした。谷村さんがこれを見た時、どんな顔をするか楽しみだ。

 本当にイイ店だった。谷村さんが通うのもわかる。いやー、ジャケ食い経験でも、こんなことは初めてだ。

 すべて「孤独のグルメ」の縁というのも面白い。演劇は12月21日に上海で始まり、中国全土で約500公演する予定だと言う。ボクは通し稽古を見たが、若々しく工夫があって面白かった。ぜひ本番を見に行きたいと思っている。その時、この店に来られるといいな。

 ◇茂隆餐庁(マオロンレストラン) 知る人ぞ知る上海家庭料理の老舗。1番人気の紅焼肉尖椒は青椒(ピーマン)入りの甘辛い豚の角煮。長時間煮込むことで肉の脂がほど良く抜け絶品の味に。食通で知られるホリエモンこと堀江貴文氏も絶賛している。20人ほどで満席の小さな店。中国上海市進賢路134号。午前11時30分〜午後2時、午後5時〜9時30分。無休。

 ◆久住 昌之(くすみ・まさゆき)1958年、東京都生まれ。漫画家、漫画原作者、ミュージシャン。81年、和泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として月刊ガロにおいて「夜行」でデビュー。94年に始まった谷口ジローさんとの「孤独のグルメ」はドラマ化され、新シリーズが始まるたびに話題に。舞台のモデルとなった店に巡礼に訪れるファンが後を絶たない。フランス、イタリアなどでも翻訳出版されている。

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