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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】青山にたたずむ アカデミック酒場

[ 2018年9月14日 12:00 ]

表参道の目抜き通りが見える席もあります(撮影・西海健太郎)
Photo By スポニチ

 “センベロ”が似合わない街、東京・青山。最寄りの駅は表参道ときたもんだ。セレブな雰囲気が似合わないライター、さくらいよしえが訪れたのは「傳八」。品の良い名物女将に触発されてノーブルを気取ってみたものの…。

 赤茶色の一枚板のテーブルに、さりげなく意匠を凝らしたレトロモダンな椅子。大きなガラス張りの窓からは骨董(こっとう)通りが見える。壁にはアフリカの有名画家・ムパタが描いた親子の牛(たぶん)がわしらを見つめている。

 創業半世紀。ビンテージなサロンは、イワシと牛タンが二枚看板。料理はイワシ刺し身710円と一等地の価格帯だが、わしは生ビール290円、レモンサワー290円という値段に思わず目をこすった。「開店30周年記念にお酒を安くしようと2代目が提案したんですよ」と言うのは実に上品な女将。恐らく「センベロ」などという言葉も初耳だろう。

 開店当時はイワシの刺し身を出す店も牛タン専門店も少なかった。「実は主人の実家は開業医。でも医者にはならないと(病院をつぶし)インパクトのある店を作ったんです」

 冒険する坊ちゃまは銀座と新宿にも店を構えると、芸術家や大臣、いわゆる「先生」と呼ばれる客が集う世にもアカデミックな酒場となった。

 しかし彼は10年前に他界。女将への遺言は「何にもしなくていいから、毎日店に出てくれ」。

 重い。わしなら、いまわの際に「何ですって!」と二度聞きするところだ。しかし、「何の疑問も感じず」ここまで来たとほほ笑む女将。学生時代に出会ってからずっと夫唱婦随。

 BGMもテレビもない。独特の静けさに包まれた心地よい店内は女将がいるからこそ。今宵(こよい)はわしらもノーブルに飲もう。

 こぶりで濃厚な肉味が広がる手作り牛タンシュウマイ、表面が眩(まぶ)しく光るあぶらが乗ったフレッシュなイワシの刺し身、そして煎餅のような形だが無限に箸が進む、いわしの絶品さつま揚げ。わしらは品良く杯を重ねた。

 国際化が進む界わい。てきぱき働くアルバイターは代々紹介制で入ってくるミャンマー人だ。英語も日本語も堪能。その中にとんでもない美人がいた。国際交流を試みる。

「“こんばんは”は、ミャンマー語で何て言うの?」

 「めんくらまーです」と彼女。ほほ〜。

 「あんまり美人で、めんくらまー」。皆で練習する。「いわしの旨(うま)さめんくらまー」「お酒が安くてめんくらまー」「青山の隠れ家にめんくらまー!」

 いろいろとめんくらった翌朝、調べてみるとミャンマー人の女の子は「みんがらーばー」と発音していたことが判明。聞き間違いにもほどがある。アカデミックは遠かった。

 (さくらい よしえ)

 ◆傳八 創業の地は新宿で1967年(昭42)。現在の地で営業を始めたのが1980年(昭55)。「当時の骨董通りは薄暗い雰囲気でした」と話すのは女将の松尾英子さん(75)。看板料理のイワシ、牛タンのほかの料理もおいしくて安い。ホッピーセットは450円とこれも庶民価格。夜は宴会などで満席のことも多いので予約がお勧め。東京都港区南青山5の9の9。(電)03(3406)8240。営業は午後5時から11時30分。年中無休。

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