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【エンジョイフィッシング】“3児のパパ”杉浦太陽、家族のため海へ

[ 2018年8月29日 12:00 ]

八丈島で釣った大型カンパチ
Photo By スポニチ

 アウトドア派で“イクメン”タレントと人気の杉浦太陽(37)は、芸能界屈指の釣り好きとしても知られる。全国の離島などで大物を狙う一方で家族で釣りを楽しむことも。釣りが「頼もしいお父さんをアピールする場にもなる」と話した。

 釣りが好きなのは祖父(常一さん)からの“遺伝”だと思います。

 僕は3歳まで瀬戸内海に面した岡山県玉野市に住んでいました。生後100日、僕の「お食い初め」のために、祖父はわざわざ海に船を出してセイゴを釣ってきた、と母から聞きました。セイゴは大きくなるとフッコ、スズキと名前を変える出世魚なんですよ。ところが釣りがうまい祖父が釣るのはフッコやスズキばかり。やっとのことでセイゴを釣ったそうです。

 そんな祖父にならって僕も次男の「お食い初め」のとき、マダイを釣ろうと千葉県大原の一つテンヤ船に乗りました。ところが釣れるのはハナダイばかり。やっと釣れたマダイで祝いの席を飾ることができました。祖父は、僕のデビュー番組がオンエアされる1週間前に63歳で亡くなりました。僕と、ひ孫と一緒に船に乗って釣りをさせてあげたかったと今でも思います。

 釣りに目覚めたのは中学校3年生の時です。ちょうど世の中はブラックバスブームで、村田基(はじめ)さんが出演する番組を見たのがきっかけです。友達と自転車で1時間半かけて野池でバスを狙いました。当時は僕が住んでいた大阪府寝屋川市にはまだそういう場所がありました。

 高校に入学してからアルバイトを始めました。居酒屋のホールで、時給は800円。稼いだお金は釣りのために使いました。初めて買ったルアーは「TDバイブレーション」だったことは覚えています。

 腕が悪かったのか、最初はなかなか釣れなかったんですよ。ところがある時、野池で友達のロッドを借りて数回、ルアーをキャストしたら釣れちゃった。サイズは40センチぐらいでしたが、全身震えがくるぐらいうれしかったですね。一方で友達には申し訳がなくて。だって本当は友達が釣るべき魚だったかもしれないじゃないですか。

 高校時代に芸能界デビューして、忙しくて全く釣りには行けなくなりました。

 22歳のころ友人から誘われて釣りを再開しました。東京湾のシーバス釣りです。その頃には少しお金にも余裕ができたので渋谷の釣具店「サンスイ」でロッドやリール一式を買いました。

 シーバス釣りにはどハマりしましたね。月1、2回、休みのたびに船に乗りました。横浜のボートで船長さんからは釣り方の基本をすべて教わりました。

 僕が釣り好きだということを知ったタレントのつるの剛士さんが主宰の「タレントフィッシングカップ」にも誘ってもらうようになりました。以後、八丈島でカンパチを狙ったり、沖縄本島や宮古島でマグロを釣ったり、仕事やプライベートで楽しんでいます。カンパチは106センチ、17キロの大物を釣りました。

 今やってみたいのはエギングで狙うアオリイカやマダコですね。

 家族でも釣りをします。妻の希美は結婚するまで釣りをしなかったのですが、今では一緒に釣ります。運動神経がいいのでルアーのキャスティングは上手ですよ。

 この前、友達のボートに乗せてもらって家族でシロギスを釣りました。釣りは家族の一体感を生むし、頼もしいお父さんの姿を見せて、株を上げる良い機会にもなりますね。

 僕の釣りはキャッチ&イート(釣って食べる)が基本。釣った魚は僕がさばきます。生ゴミが出るので妻に聞いて、ゴミの日の前日に限りですが。料理は僕も妻もします。僕が得意なのは真空パックを使った低温調理。妻は煮付けが上手です。

 釣れた魚は子供たちに見せ、触らせてから調理します。食べるということは、生命をいただくということだ、と教えたいからです。それが我が家の食育にもなっていますね。

 ◆杉浦 太陽(すぎうら・たいよう)1981年(昭56)3月10日生まれ、岡山県出身の37歳。1998年デビュー。01年、「ウルトラマンコスモス」主演。その後、ドラマ、映画、バラエティーなどで幅広く活躍。テレビ愛知「土曜なもんで!」、NHK Eテレ「趣味の園芸 やさいの時間」にレギュラー出演中。「中野市食の大使」「板橋区観光大使」を務める。11年「第30回ベスト・ファーザーイエローリボン賞」、同年「第6回クール・アングラーズアワード」など受賞。07年に元「モーニング娘。」の辻希美と結婚。3児のパパ。

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