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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】カレーなる老舗 終わらない絵巻

[ 2018年7月13日 12:00 ]

16年前に描いた店のイラストを修正する店主の伊東康裕さん(撮影・久冨木 修)
Photo By スポニチ

 変わりゆく東京で、思い出すのはあの頃のこと。“センベロライター”さくらいよしえが向かったのは東京・東池袋の伊東食堂。昭和のにおいを色濃く残す店でほろ酔う盛夏の午後…。

 昔、東池袋に住んでいたことがある。「今から行くよ」と深夜の電話。無頼なBFはなかなか着かない。やがて朝が来て夜がふけ、また朝が来た。仕事も行かず待ち続けたわしは若かった。

 ほろ苦い思い出の町は、すっかり再開発で様変わりしたが、歴史を刻む老舗も残っている。

 「伊東食堂」は1931年(昭6)、天ぷら屋として創業。初代は東京大空襲で大やけどを負うも見事再起、現在は3代目だ。

 飲める食堂である当店の人気の肴(さかな)は、代々続く秘伝のサバの味噌煮。ふっくら甘く、煮汁を吸ったさつま揚げと切り干し大根が脇を固める斬新な一品だ。

 しかし、それより気になるのは、「カツと焼き肉パワー全開鳥羽の山カレー」を筆頭に、とり唐カレー、オムカレー、親子丼カレーにイカフライカレー…と続く恐るべきカレーのレパートリー、その数なんと30種超。

 「のっけるものを替えるだけですから」と控えめに言ういぶし銀の3代目。

 それもそうか。ただ、そのベースになるルーがむやみに旨(うま)い。

 「市販のルー3種に5種のスパイスなどをブレンドし、継ぎ足し継ぎ足しで作る」のがコツだそうで、果実のような甘いフレーバーと辛口スパイシーな風が同時に口の中で吹き荒れる。インド風でも欧風でもなく、伊東風。

 魔性のルーをアテにほろ酔ううち、ふと小上がりに広がる、ファンシーな手描きの絵巻物に気がついた。

 長〜い商店街の1軒1軒のメモリアルだ。

 そば屋にバイク屋、提灯(ちょうちん)店。そして店主の隣家に住んでいたという“となりの昭ちゃん”こと鳥羽の山のふんどし姿の絵には、「入幕もけがで全休 父も逝き 明日の力に全力応援」とご近所ならではの心あたたまる句が。3代目、絵描きでありポエマーでもあった。

 時は流れ、自慢の力士はまげを落とし、多くの店が看板を下ろした。

 だがしかし、「まだ絵も句も書き足しているんですよ」。カレーと同じ、継ぎ足し製法、未完の絵巻物の題名は、「あの人は今 この町は 夢の中へ」だ。

 ちなみにくだんのBFはあれっきり。あの人の今、は知らない。そんなメモリーも継ぎ足し製法するのが人生だ。カレーもライフも甘辛スパイシーがおいしいと信じて…。(さくらい よしえ)

 ◆伊東食堂 「昼はごはんで夜乾杯」。都電荒川線の東池袋四丁目駅にも近く、飲める食堂として人気が高い。イラストやポエムとともに店の壁いっぱいに掲げられている短冊メニューなどの文字も店主の伊東康裕さん(59)の手によるもの。600円台の日替わりランチもあり昼は近所の会社員でいっぱい。元幕内力士・鳥羽の山の名を冠したメガ盛りメニューもある。先代の出身地、新潟の日本酒も充実。メニューにずらり並ぶ新潟地酒のワンカップの種類は圧巻だ。営業時間は午前11時〜午後2時、午後6時〜10時。東京都豊島区東池袋5の11の10。(電)03(3982)8601。土、日曜、祝日定休。

 ◆さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪生まれ。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)、「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)「きょうも、せんべろ」(イースト・プレス)など。

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