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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】恵比寿で発見“長崎の秘境”

[ 2018年6月8日 12:00 ]

腕を組まれ恥ずかしがる店主の田川誠さんと、笑顔を見せる妻の慶子さん
Photo By スポニチ

 住みたい街ランキングで常に上位に入る東京・恵比寿。おしゃれすぎる街に迷い込んだ“センベロライター”のさくらいよしえ。向かったのは「どんく」。長崎ちゃんぽんに皿うどんがウリの老舗は、おいしいものには目がない飲んべえたちが集まる“大衆酒場”でもあった。

 ここは“長崎の秘境”。良心という名の翼を広げたおしどり夫婦に、出会ってしまった。控えめな笑顔をたたえサーブする奥さま。

 カツを大鍋に滑り込ませる指先まで優しさがあふれているえびす顔の主人。

 屋号「どんく」は、長崎の方言でカエルのこと。正真正銘、長崎県人がつくるちゃんぽんが食べられるだけじゃない。奥さまがシュウマイの皮にたっぷりの豚ひき肉を詰める。蒸しても水風船のようにぽっくり膨らんだまま口の中でふわりと華やぐ傑作だ。

 厨房(ちゅうぼう)からは、シャワワワ〜ンという油が沸き立つ音色。主人考案の鶏胸肉を使ったビッグカツは信じられないほど軽く柔らかで1人3枚、4枚当たり前。昼だけで150枚出る。

 創業35年。その半生は地味にドラマチックだ。

 主人は18歳で上京。専門学校卒業後、兄が営む西麻布のラーメン店を手伝い始めたのが、この道の始まり。兄弟は、何か名物を作ろうと地元名物のちゃんぽんを思い立つ。

 ところが、長崎で製造されている麺は、特殊なかんすいを使っていて県外不出。本場に近い粉を研究し独自の麺も生み出した。

 やがて自分の店を持つ夢が膨らむ主人。彼を支えたのは兄の店で共に働いていた奥さまだ。

 「実は長崎市内の高校で、主人はブラスバンド部の1年先輩だったんです。私はフルート。主人はホルン。仲が良かったから、ただ上京したい一心で追い掛けてきたの。ただ当時は仕事があればどこでも良かった(笑い)」と奥さま。それがのちに、純愛上京物語になるのだから、部活動はあなどれない。

 2人はまだ田舎町だった恵比寿に店を構え、出前に精を出した時期もあった。「でもオートロックの時代になると、器の上げ下げに時間がかかるんです。これはもう、お客さんに来てもらうしかない」と主人。

 そこから大満足の特盛りかつ、完食してもらえる味を追求。「そんな主人の誠実さに惹(ひ)かれた」と語る奥さま。

 いろんな意味でマイナスイオンに満ちたウッディーな店内は、机も壁も天井もニスを塗った木材がめぐらされていた。なんと全部主人のDIY。専門学校では大工を目指し、建築を学んでいたらしい。

 でもそれより大事なものが見つかってしまったんだな。夫婦の青春の思い出、ブラバンでの練習曲は「木陰の散歩道」。まさに今のここじゃないか…。(さくらい よしえ)

 ◆どんく 創業当時の恵比寿は「家賃が安かったからココを選んだ」とは長崎県川棚町出身のご主人・田川誠さん(62)。厨房で作る料理は手間と暇をかけた本格派。ホールを担当する夫人の慶子さん(62)は常に笑顔を絶やさない。この店のファンが多いのもうなずける。オススメのシュウマイは1個70グラム。1人前が4個でボリューム満点。ランチの定食は830円と930円でライスとスープのおかわりがサービス。東京都渋谷区恵比寿西1の14の2。(電)03(3464)9676。営業は正午から午後11時。日曜・祝日定休。

 ◆さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪出身。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)、「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)「きょうも、せんべろ」(イースト・プレス)など。

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