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【日本S3度目の決戦・1995年「平成の名勝負」中編】小林―オマリー、D・J弾の視聴率は55・9%

[ 2021年11月23日 16:30 ]

1995年10月25日、ヤクルト―オリックス(神宮)の小林宏“魂の14球”でトーマス・オマリー斬り
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 オリックスとヤクルトの日本シリーズ第3戦がきょう23日(東京D 18・00)に行われる。過去両チームの対決は2度。1度目は1978年(昭和53)3年連続日本一のオリックスの前身、阪急ブレーブスとシリーズ初出場のヤクルトスワローズの対戦。第7戦の6回、阪急のベテラン足立光宏の変化球をすくい上げたヤクルト・大杉勝男の打球は左翼ポール方向へ。本塁打の判定に上田利治監督が猛抗議。「空白の79分」と語り継がれる“事件”となった。

 2度目は95年(平成7)イチローのシリーズ初舞台となった仰木オリックスブルーウェーブと野村ヤクルトとの対戦。オリックス3連敗で迎えた第4戦、延長11回裏、一打サヨナラ=日本一となる1死一、二塁。オリックス・小林宏とヤクルト、トーマス・オマリーの14球の息を飲む対決は「平成のシリーズ名勝負」として記憶されている。

 過去の2度の激闘を前・中・後編で振り返る。

【1995年「平成の名勝負」中編】

~小林宏VSオマリー 7球目に右翼ポール方向へ大飛球~

 小林は強気だった。2球目。142キロ、内角低めの直球。見逃しで0―2と追い込んだ。3球目、内角に直球を突っ込んでボール。4球目は137キロスライダー。オマリーはファウルで逃れる。5球目、6球目は直球でファウル。小林の気迫に差し込まれているように見える。

 カウント1―2からの7球目だった。高く上がった打球が右翼ポール方向に伸びる。ヤクルトベンチから一斉に選手が飛び出し打球の行方を追う。一瞬息を飲んだ満員のスタンドがため息に変わった。わずか1メートルほどのファウル。バットを持ったまま打球を追ったオマリーは飛び跳ねて悔しがった。少し前に左から右へと変わった風向きが小林への「神風」となった。

 8球目、外を狙った直球が少し甘くなったがファウル。9球目は変化球が外に外れた。10球目、内角直球もファウルとなった。11球目は外の直球でまたファウルだ。

~この年から全試合がナイター開催…午後10時半を回っていた~

 この時、時計の針は午後10時半を回っていた。日本シリーズは長年デーゲームで開催されていたが、前年の94年「巨人―西武」は土日開催がデーゲーム、平日開催はナイトゲームで行われた。この年から全試合がナイター開催となったのだが、第1戦をのぞき午後10時を超える長時間ゲームの連続。インターネットが普及していない時代。新聞など紙媒体メディアは締め切り時間が迫り、テレビは夜のスポーツニュースへの入稿が難しい時間帯にさしかかっていた。第3戦までならば「途中経過」の報道という選択も可能だが、王手がかかった第4戦となると話は別だ。サヨナラとなった瞬間に日本一が決まる。抑えてオリックスが勝てば第5戦に生き延びる。スタンドもその瞬間を固唾をのんで見守っている。翌日明らかになったフジテレビの視聴率は「小林―オマリー」の対決、D・Jのホームランにかけての時間帯視聴率が55・9%。メディアが数千万人のファンが小林の投げるボールを注視していた。

 12球目、真ん中高めの半速球をオマリーがジャストミート。球場が沸いたが右翼ポールの5メートル右を通過していった。13球目は内角に外れるスライダー。カウント3―2。運命のときを迎える。14球目。真ん中低めボール気味、139キロ直球。オマリーのバットが空を切った。

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