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【日本S3度目の決戦・1995年「平成の名勝負」前編】イチロー初舞台の第4戦延長11回 14球の激闘

[ 2021年11月23日 16:30 ]

1995年のヤクルトとのシリーズ第4戦、仰木監督(左から2人目)イチロー(右から2人目)田口(右)らオリックスナイン
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 オリックスとヤクルトの日本シリーズ第3戦がきょう23日(東京D 18・00)に行われる。過去両チームの対決は2度。1度目は1978年(昭和53)3年連続日本一のオリックスの前身、阪急ブレーブスとシリーズ初出場のヤクルトスワローズの対戦。第7戦の6回、阪急のベテラン足立光宏の変化球をすくい上げたヤクルト・大杉勝男の打球は左翼ポール方向へ。本塁打の判定に上田利治監督が猛抗議。「空白の79分」と語り継がれる“事件”となった。

 2度目は95年(平成7)イチローのシリーズ初舞台となった仰木オリックスブルーウェーブと野村ヤクルトとの対戦。オリックス3連敗で迎えた第4戦、延長11回裏、一打サヨナラ=日本一となる1死一、二塁。オリックス・小林宏とヤクルト、トーマス・オマリーの14球の息を飲む対決は「平成のシリーズ名勝負」として記憶されている。

 過去の2度の激闘を前・中・後編で振り返る。

【1995年「平成の名勝負」前編】


~肩痛ブロスが“奇襲先発”野村IDでイチロー封じ~

 阪神淡路大震災から277日後の1995年10月20日、オリックスは被災地・神戸の地でヤクルトを迎え撃った。「がんばろうKOBE」の思いを背に戦ってきたイチローを中心とするオリックス戦士にとって日本一の頂きは高く険しいものだった。

 開幕戦、ヤクルト先発は肩痛が噂されたテリー・ブロス。イチローは名将・野村克也、愛弟子・古田敦也の徹底マークにさらされた。第1打席、初球は真ん中高めの直球。2球目は内角へのスライダーでカウント1―1。3球目、内角へブロスの剛速球。詰まった右飛に倒れた。第2打席はフルカウントから外角高めのボールになる直球で空振り三振。第4打席にポテンヒットシリーズ初安打を記録したが経験豊富な野村IDに封じ込まれた。

 2戦目の巻き返しを図ったオリックスだが、イチローが3―0とまたも沈黙。2―2の延長11回、プロ2年目の若きストッパー平井正史がトーマス・オマリーに痛恨の1発を被弾。市民の後押しを受けたグリーンスタジアム神戸で2連敗を喫した。

 敵地・神宮に舞台を移した第3戦。仰木彬監督はイチローを3番に入れる新オーダーを組んだ。イチローは3打数1安打。1犠飛のシリーズ初打点を挙げ、打線は7回に4安打を集中し逆転した。9回裏、平井は先頭のヘンスリー・ミューレンにフルカウントから151キロ直球を狙い打たれ、まさかの同点。延長10回には1死二、三塁から池山隆寛に日本シリーズ11本目となる劇的なサヨナラ3ランを浴びた。投手陣が3戦連続2桁安打を許し、打線も古田の巧妙なリードに沈黙。2年前に日本一を達成したヤクルトに経験値も遠く及ばない。3連敗。王手をかけられたオリックスナインの足取りは重かった。

~第4戦の延長11回「平成のシリーズ名勝負」の幕が開いた~

 第4戦は接戦となった。オリックスは先発・長谷川滋利が踏ん張りながらも5回飯田の二塁内野安打で1点を失った。打線は川崎憲次郎を攻めながらも1本が出ず8回まで10安打ながらゼロ行進。1点リードを許したまま9回を迎えた。先頭打者は小川博文。川崎の直球を狙っていた。起死回生の同点ソロ。土壇場で試合を振り出しに戻した。

 「平成のシリーズ名勝負」の幕が開いたのは延長11回だった。オリックスのマウンドには10回から登板した小林宏。プロ3年目、この年8勝を挙げ1軍に定着。シリーズでは第3戦に2番手として登板。いきなり池山に安打を許し打者1人で降板していた。仰木監督は小林を第5戦の先発に予定していたが、想定外の延長戦。背に腹は代えられず第4戦に緊急投入していた。11回、1死から代打・荒井幸雄に四球。続く土橋勝征には左前に運ばれ1死一、二塁。打席にオマリーを迎えた。この打席までシリーズ13打数7安打、3打点、1本塁打、6つの四球。MVP最右翼の主砲。二塁走者は代走の橋上秀樹。1本出れば、サヨナラと同時に日本一が決まってしまう。小林の初球は真ん中低め131キロスライダーで見逃し。ストライク。今も語り継がれる14球の激闘が始まった。

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