巨人・原監督、号泣8度舞い 5年ぶりV奪回「自分にとって素晴らしい涙」

[ 2019年9月22日 05:30 ]

セ・リーグ   巨人3―2DeNA ( 2019年9月21日    横浜 )

スタンドに手を振り、涙を流しながらナインの待つ輪に向かう原監督(撮影・森沢裕)
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 平成元年Vから令和元年Vへ、涙、涙の奪回だ。マジック2としていた巨人は21日、2位・DeNAに延長10回の末、3―2で逆転勝ちし、5年ぶり37度目(1リーグ時代を含め46度目)のリーグ優勝を決めた。就任3度目で4年ぶりに復帰した原辰徳監督(61)は球団ワーストタイの4年連続でV逸していたチームを立て直し、歴代5位タイの自身8度目のリーグ制覇。常勝軍団を復活させ、7年ぶりの日本一奪回を目指す。

 勝負の鬼が泣いた。原監督は顔全体を紅潮させて号泣した。右の、左の手のひらで拭いながら歓喜の輪に歩を進める。「あれほどあからさまに涙が出るとは自分でも驚いた。自分にとって素晴らしい涙」。61歳の震える背中を、選手の太い腕が8度持ち上げた。現役時代の背番号、くしくも自身の優勝回数だった。

 前回優勝の14年と同じ横浜スタジアム。上空から同年に78歳で他界した父であり東海大相模監督の貢氏が見下ろしていただろう。今季は師の人生訓である「和と動」を掲げて戦った。動――。7回は3者連続の代打攻勢で1点をもぎ取り、10回までに22人を使った。死闘を増田大の中前打で勝ち越し、90年以来の延長での歓喜の和――。「年を取ると、涙腺が弱くなるかもしれないですね」。肩を抱かれた阿部も泣いた。

 昨年の2月、熱海の梅が奇麗な季節だった。86歳の母・勝代さんを初めて旅行に誘った。例年ならキャンプを張っている時期。客室に露天風呂を備える宿「熱海ふふ」で水入らずの時間を過ごした。語らいながら和食に箸をのばし「一緒の部屋で寝て。本当はお風呂で背中を流そうと思ったけど、さすがに入れなかったね」と笑う。

 高校時代から寮生活を送り、母とは15年しか寝食を共にしていない。「おふくろも少し老いてね。照れくさいよ。照れくさいけど凄くいい思い出」。梅園や美術館を車で巡り、陰ながら支えてくれた母に感謝の気持ちを伝えた。「俺の中では休息」という3年間だからできた孝行だった。

 休息のさなか、古巣は史上ワーストタイの4年連続V逸。球団は昨夏から水面下で復帰要請の準備に入った。当初は監督以外のポストも模索した中、10月10日に山口寿一オーナーが球団事務所で正式要請。編成部門で手腕も振る「全権監督」で再建の道を選んだ。

 還暦で迎えた3度目の指揮。第2次政権時はメディアの前で怒りもあらわにし「三度鬼になった」と言うが、息子よりも年の離れた選手たちを「二度叱って一度褒めた」。一方で勝利への執念は健在。岡本の4番降格や坂本勇の犠打に見られるよう、非情に徹した。

 毎朝「どこかに鬼の気持ちを」と呼び覚ますため寝室に飾った絵画を見た。09年WBCで世界一に導いた際、感銘を受けた全米屈指のイラストレーター、バーニー・フュークス氏から贈呈された「タイ・カッブ=写真、AP」の肖像画。ピート・ローズに破られるまでメジャー歴代1位の4191安打を誇り、首位打者を12度獲得した名選手だ。

 鋭い眼光。「顔なんか凄い厳しい目をしていて鬼みたいな感じがする。奇人、変人、天才、鬼才」。勝利への執着心は常軌を逸し、スパイクの歯を向けて滑り込むラフプレーでも有名だった。「時に鬼になることは良い指導者。優しさがあるから鬼になれる」という信念で、V逸なら5年連続で球団最悪となる重圧をはね返した。

 「原点、初心という思いだった。初めての優勝という気持ち。今年は全員で戦うチーム。勝つことに飢えていた」。最大10・5ゲーム差を一時0・5差まで迫られたが、頂点に立った。7年ぶりの日本一奪還へ、涙の名将は言った。「まだ物足りない。まだ強くなる」と。 (神田 佑)

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