富岡西「ノーサイン野球」で考えた「高校野球」と「監督」(下)

[ 2019年3月21日 11:30 ]

<第91回センバツ甲子園練習>守備練習でグラブトスをする坂本主将(手前)ら富岡西ナイン(撮影・坂田 高浩)
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 【内田雅也の広角追球】野球で、ベンチから作戦のサインを出す、というのは監督の仕事のほんの一部でしかない。

 1954年に出されたアル・カンパニスの名著『ドジャースの戦法』は日本では後にコミッショナーとなる内村祐之が訳し、ベースボール・マガジン社から57年に刊行された。近代野球の指南書として、後の巨人V9の教科書にもなった。

 同書には<すぐれた監督の資格>として次の5項目をあげている。

 (1)選手とチームとを統率する能力
 (2)すべての場合に、選手たちにベストを尽くさせる能力
 (3)野球の基本を教える能力
 (4)ゲームと作戦とに対する十分な知識
 (5)その上に勇気、すなわち自己の信念なり思いつきなりを実行にうつす勇気

 サイン(作戦)は(4)にかかわることだが、ほかになすべきことの大きさに比べると、いかにも小さい。監督は選手個々の状態を把握し、やる気を出させ、ベストを尽くさせるのが、最も大きな仕事だろう。

 では、本稿3回シリーズ(上)の冒頭で書いたように、なぜ野球の監督は選手と同じユニホームを着ているのだろうか。

 かつて星野仙一(中日、阪神、楽天監督)が言うように「ユニホームは戦闘服」と、選手とともに戦う姿勢を見せているのは確かだ。

 ただ、それは理由ではない。バスケットボールでもサッカーでもラグビーでも、監督は選手とともに戦っている。しかし、彼らはスーツに身を固めているではないか。

 ここは、やはり歴史をたどりたい。

 「野球史家」と言える作家・佐山和夫の著書『野球場で、観客はなぜ「野球に連れてって」を歌うのか?』(アスキー新書)は<野球の七不思議を追う>と副題が付いている。一塁はどうして右にあるのか? ボールを持つ方がなぜ守備なのか? など、不思議な野球の謎を解明している。

 第7章は文字通り<野球では、なぜ監督もユニホームを着るのか?>だ。「監督」はそもそも野球が始まった当初からあったものか、と言えば「否」だという。

 「監督」はなく、監督の仕事は「チーム・キャプテン」が行っていた。キャプテンはもちろん選手の1人だから、ユニホームは着ている。<選手たちの意思統一のためには中心人物が必要で、その役目をキャプテンが果たしていた>。

 後にキャプテンの仕事は複雑化していき、別の者が行うようになった。ゼネラル・マネジャー(GM)とフィールド・マネジャー(監督)に分かれていった。

 佐山は日本高校野球連盟(高野連)の顧問でもある。かつての「21世紀の高校野球を考える会」委員であり、センバツ21世紀枠創設の提唱者でもあった。「高校野球は世界遺産」とその高い精神性をたたえてもいる。

 そんな佐山が、高校野球の監督のあり方に一石を投じている。
 当欄2018年7月23日配信の原稿でも書いた。終戦直後の1945(昭和20)年8月以降、国民学校(小学校)3年生だった佐山は、父親が英語教師だった和歌山中(現桐蔭高)の「ボールボーイ」として毎日、野球部の練習に顔を出し、球拾いをしていた。

 「監督さんもおられたはずなのに、毎日の練習がすべて生徒たちの自治によって行われていたのが印象的です。試合の運び方だって自主運営でした。このところの監督中心の野球を見る度に、あの和中末期の素朴にして自発的な野球を懐かしく思います」

 また、朝日新聞和歌山版2018年6月15日付では、インタビューに答え「学生野球の姿」を語っている。

 「もしも高校野球というものが教育のためにあるということならば、一番大事なのは自分の判断力を育てるということです」「ピンチにいちいち監督を見て“歩かせろ”“はい歩かせます”では、ここというときに誰かの指示によって自分の行動を決める習性ができてしまう。その方がよほど怖い。人生の苦難の方が野球よりもっとつらいですから」

 (上)で書いたように監督が前面に出る野球では「指示待ち族」の人間ばかりができあがる。知人から「高校野球出身者には指示待ち族が多い」と指摘されたことが富岡西(徳島)の監督・小川浩(58)が「ノーサイン野球」を採り入れた大きな理由だった。

 選手たちが自主的に練習や試合を進める富岡西が21世紀枠で甲子園に出る意味は大きい。

 小川は「私はこのノーサイン野球で、高校野球を変えたいんです」と、てらいなく話した。高い志を抱いていた。

 もちろん、高校野球では立派な監督は数多くいる。教育的に人生論を説く。サインを出す出さないといった表面的な問題ではなく、いかに選手の自主性や可能性を引き出すかが重要なのだろう。

 富岡西は大会4日目(予定では26日)第3試合で強豪・東邦(愛知)に挑む。小川は言う。「気後れせず、果敢に向かっていきたい。地方の公立でもこれだけやれるんだと甲子園で示したい」

 勝敗はともかく、甲子園に新しい風が吹くことだろう。

  =おわり・敬称略=

     (編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭野球部時代は深夜まで練習が続き、帰宅すれば日付が変わっていたこともあった。むろん、練習は監督主導だった。和中・桐蔭野球部OB会関西支部長。大阪本社発行紙面で13年目を迎えているコラム『内田雅也の追球』は阪神中心だが、センバツもできる限り取材に出向く構えでいる。

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