この瞬間のために“呪縛”はあったのではないか

[ 2022年8月23日 04:05 ]

第104回全国高校野球選手権第14日・決勝   仙台育英8―1下関国際 ( 2022年8月22日    甲子園 )

<仙台育英・下関国際>優勝をスタンドに報告する仙台育英ナイン(撮影・岸 良祐)
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 【秋村誠人の聖地誠論】銀傘に大きな拍手が響いていく。勝者も敗者もない。戦い抜いた球児たちを3万1200人の拍手が包み込む。いつもと変わらぬ甲子園の決勝の光景だ。ただ、もしかしたらほんの少しだけ、仙台育英へのそれが大きかったかもしれない。それこそが新たな歴史をつくった証だろう。

 分厚かった扉はついに開いた。1915年の第1回大会で秋田中(現秋田)が決勝で敗れてから107年。東北勢は決勝で9度敗れてきた。「もう白河の関は越えられないのか」。そんな思いを抱く人もいた。でも、この瞬間のために長い“呪縛”はあったのではないか。何度も何度もはね返され、どうやったら勝てるのか、どうしたら扉を開けられるのか、東北勢は考え、鍛え、諦めずにやってきた。

 仙台育英のたくましさは、そんな長い雌伏の時がつくり上げたように思う。140キロ超えのエース級を5人そろえた強力な投手陣。好機を決して逃さない強打は群を抜いていた。5本の矢のうちの一人、左腕・斎藤蓉が7回1失点と試合をつくれば、打線は13安打で8得点。斎藤蓉は今夏の甲子園でチーム唯一となる100球を投げ、7回に5番・岩崎生弥が放った満塁弾は今夏のチーム初アーチだった。決勝の舞台で投打に今夏初なんて仙台育英のたくましさが見えた気がする。

 89年夏。仙台育英が決勝で帝京(東東京)に敗れた時、スポニチ本紙に掲載された「新甲子園の詩」で阿久悠さんはこうつづっている。「若さだけ示し得る力の誇らしさと 自己を昂揚(こうよう)させ得る無限の可能性は 結果を念じることより はるかに はるかにロマンでした」。あの夏、深紅の大旗に届かなくともエース・大越基の全6試合838球の熱投に感じたロマンは、33年の時を経て後輩たちが無限の可能性で現実へ変えた。その無限の可能性こそ東北勢が培ってきたたくましさではなかったか。

 「勝者があって敗者がない」――。詩の最後にある一節は今でも忘れない。あの夏の「敗れざる敗者」は勝者となり、新たな歴史をつくった。天国の阿久悠さんはどんな思いで見ただろうか。深紅の大旗はついに、白河の関を越える。(専門委員)

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2022年8月23日のニュース