【内田雅也の追球】王貞治に学ぶ泰然――シフトで安打を損した阪神・ボーア

[ 2020年3月7日 08:00 ]

オープン戦   阪神3―0日本ハム ( 2020年3月6日    甲子園 )

<神・日>6回無死、ボーアの打席で極端な守備陣形をとる日本ハム野手陣(撮影・北條 貴史)
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 「王シフト」が初めて敷かれたのは1964(昭和39)年5月5日の後楽園だった。同年、最終的にプロ野球新記録(当時)の55本塁打を記録する王貞治(巨人)は直前の阪神戦(3日・後楽園)で4打席連続本塁打を放つなど絶好調だった。

 三塁手を除く内野手3人を一―二塁間、二塁手は右翼前に配置する極端な右寄りの布陣。外野手も左翼手が左中間、中堅手は右中間に配置した。

 考案者は対戦相手の広島監督・白石勝巳だった。東洋工業(現マツダ)のコンピューターで王の打球方向を分析すると7割が右方向だった。

 当時のスポニチ本紙は「白石シフト」と書いている。大リーグの先例にならった。強打のテッド・ウィリアムズ(レッドソックス)に対し、1946年、インディアンス監督ルー・ブードローが採った右寄り陣形は「ブードロー・シフト」と呼ばれていた。

 左方向はがら空きで流し打ちされたら……との懸念や批判があった。白石は<しかしぼくは、王君が流しにかかってきたらしめたものだと思っていた>と著書『背番8は逆シングル』(ベースボール・マガジン社)に書いている。<一本足打法の王が流し打ちをやれば、タイミングが崩れる。いったん崩れたら、フォームを取り戻すのに1カ月はかかる>。

 シフト初の打席は上空を超える中越え本塁打だった。ただ、翌6日はシフト敵中の二ゴロ3本に遊飛だった。本紙評論家・小西得郎が<王は心理的に動揺していました。シフトの効果でしょう>と書いている。

 さて6日、今春初の甲子園球場での試合で、阪神期待の新外国人ジャスティン・ボーアは日本ハムのシフトで安打を1本損した。2回裏先頭、通常の守備位置なら中前に抜ける当たりを、二塁ベースやや右に守っていた遊撃手に簡単に処理されたのだ。

 ちなみに続くジェフリー・マルテも今度は左寄りのシフトで、同様に中前に抜けるゴロを二塁ベース左に守っていた二塁手に処理されている。

 ボーアはこの日3打席無安打に終わった。オープン戦は3試合7打数無安打となった。打撃コーチ・井上一樹は「結果が出ないと、使う側も見ているマスコミ側もザワザワするものだ」と正直に話した。さらに相手のシフトについて「あれだけ極端に寄ると、インコースが多いのか、逆にアウトコースに来るのか、感じながらやってほしい」と話した。

 その通りだ。確かに感じ、考えることが日本の野球に適応するためには重要である。そして、ボーアは考えている。井上も「野球脳がいい」と認めている。

 ただし、考え過ぎは禁物だろう。白石は<王の表情、動作のすべてを注視していた。刺激的と思われる極端なシフトに顔色一つ変えなかった>と書いている。王は「狭い野手の間を抜く強い当たりを打てばいい。頭上を越してスタンドに打ち込めばいい」と闘志をかき立て、一方で「シフトを気にして、流し打ちし、フォームが崩れるのが一番怖い」と冷静で自分を見失わなかった。
 こんな時は監督・矢野燿大が話したような姿勢がちょうどいい。「あまり関係ないんじゃないの? だからどうってこともないでしょ」。つまり、泰然自若である。=敬称略=(編集委員)

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