【高橋聡文と一問一答】「汚い、荒れたマウンド」で中継ぎ一筋18年「本当に楽しいポジション」

[ 2019年9月25日 15:25 ]

引退会見を行う阪神・高橋聡(撮影・亀井 直樹)
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 阪神の高橋聡文投手(36)が25日、今季限りで現役を引退するを表明した。15年オフに金本前監督の熱烈なラブコールを受けて国内FA権を行使して阪神に移籍。中日、阪神では貴重な中継ぎ左腕として一時代を築いた。西宮市内の球団事務所で引退を会見を開き、18年間の現役生活にピリオドを打つ決意を明かした。救援一筋、中日、阪神での18年531試合に登板した。

【高橋聡文会見・一問一答】

 今シーズンをもちまして、18年間のプロ野球人生を終えることを決意しました。これまで支えてくださった関係者のみなさん、チームメート、ファンの皆様、本当にありがとうございました。

 ――現在の心境は

 ひと言で言ったらホッとしています。引退を決めるまでは、本当に「やっぱりやろうかな」「やっぱりやめようかな」という迷いがスゴいあったんですけど。

 ――引退を決意するに至った経緯は

 今年1年ずっと思った球が投げられなかったんですけど、正直来年も頑張ろうと思っていました。でも、こういう時期になって冷静に考えたときに「体が限界だな」と思ったので、引退することにしました。

 ――誰かに相談は

 最初は両親に「どう思っているのかな」というのが一番気になったので、相談したところやっぱり「ここまで頑張ったんだから自分の好きなようにやりなさい」というふうに言われたので。そこからだんだん辞める方向に気持ちが行きました。

 ――チームメートに打ち明けたりは

 決まってから報告した方が多いんですけど、まだ決めていないときは(藤川)球児さんだったり、山井さん(中日)だったり、何人か相談はしました。

 ――藤川の反応は

 そうですね。「できると思うんだったら、頑張ってもいい」と言われたんですけど「最終的には自分が決めることなので、それを応援する」という風に言ってもらいました。

 ――中継ぎ一筋で18年間活躍

 本当に中継ぎっていうのはすごい大変なポジションで、体的には一番しんどいかなとも思いますけど。面白さもすごいあって。何十時間とかずっとキツい練習をして、たった1球しかない仕事の時もありますけど、それで人々を感動させたりとか、誰かを喜ばせたりできる、本当に楽しいポジションだと思います。

 ――一番の思い出は

 チームを代表する左バッターを抑えることだけを考えてずっと、18年間やってきたんですけど。やっぱり思い出に残っているといったら、阪神だったら金本さんとの対戦だったり、巨人だったら阿部さんだったり。周りから見たら“ただの1球”に見えるかもしれないですけど本当にすごい考えて投げいた1球1球で、本当に思い出に残っています。

 ――通算531試合の登板で最高の1球は

 うーん…そうですね、この1球というのはちょっと思い浮かばないんですけど。たぶん三振を獲りに行っている球全てが、獲れた球は本当に最高の1球だと思います。

 ――悔しい1球も

 ありますね。悔しい1球。今パッと思い浮かんだのは、ドラゴンズのとき、クライマックス(シリーズ)で、ラミレスに逆転3ランを打たれたのかなと思います。

 ――ナゴヤドーム、甲子園、それぞれどんな場所だったか

 ナゴヤドームのマウンドは本当に投げやすくて。高さだったり、硬さだったり本当に、これ以上ないピッチャーのためのマウンドだな、というイメージがすごい残っていて。甲子園は、それと比べてまたちょっとマウンドの高さとか違うんですけど、その分、ファンの声援の大きさがすごい。ドラゴンズで投げている時も、本当にすごく自分を応援してくれているように、阪神の応援をしているのに自分の応援をしてくれているかのように、楽しかったイメージはありますね。その応援がまさか自分の応援をしてもらえるとは思わなかったんですけど、その時は。

 ――今後は

 引退決めたのもつい数日前なので、次に仕事を何するとかは本当にないんですけど。何か誰かを喜ばせたりとか、笑顔になってくれるような仕事をやりたいなと思います。

 ――高橋聡投手にとって「野球」とは

 36歳ですけど今、自分の人生そのものでしたし。朝起きて「きょうも肩大丈夫かな?」とか。夜寝るときも「あした肩大丈夫かな?」とか。本当に野球が全てだった。その野球を取ったら今後どうなるかというのも楽しみです。

 ――福留はサプライズ

 来る時に一緒になって、しゃべってはないんですけど、車が前だったんです。「あれ、すごいな。休み返上で練習やられるんだな」と思ってた。まさか、こんなサプライズになるとは思わなかった。

 ――決断は迷った

 自分ではすごくやりたくて。本当に客観的にこの時期になって考えた時に、厳しいし、良くなる要素もちょと少なくなってきたなと。「辞める」いうのを自分で言うのが怖かったじゃないけど、30年間ずっとやっているのが当たり前だったんで。決めたら本当に楽になりました。

 ――阪神での4年間

 1つの球団で終われる人も美談というかそういうのはあるけど、僕は本当に阪神に来てお世辞抜きに良かったと思っていて、もし同じシチュエーションがあればまた来たい。僕の考えですけど、1つの球団でやるというのはやっぱり視野が狭くなるというのがあるので。外から野球界というのを見たら面白いことがたくさんあることに気付きました。

 ――今年は鳴尾浜で過ごした

 今後の人生にすごい勉強になった年だと思う。生き生きした目というか、若々しさというか、うらやましいなと。こういうのが足りなくなってきたんだろうなと感じました。

 ――18年できた理由

 体のケアは本当にすごく大事で、それだけは誰にも負けないぐらい手入れした。自分の体を1番よく知っていたなと。あとは、プラス思考じゃないけど、自信を持っていたことですかね。本当に打たれないと思って投げていましたし、自信を持つのは自分の勝手なんで。

 ――先発願望は

 最初、若かりし頃はやっぱり「バッティングもしたいな」とか思いましたけど。もういいです、本当に。汚い、荒れたマウンドで。

 ―――悔いはない

 ここまでの過程では本当に悔いはない。辞めるという決断をしなかったらどうかなという興味はあるけど。

 ――今季1軍登板なし

 1軍のマウンドに上がれない悔しさというのはそんなになかったのは正直。それより、自分のボールが投げられないので、客観的に見ていた。自分がもし監督だったり、首脳陣だったら、自分だったら使わないなと思っていたんで。ある意味、ひいきされなくて僕は感謝しています。

 ――肩が限界だったのか

 肩だけではないんですけど。昔だったら、これをしたら良くなるというのがすごく分かりやすかったんですけど、やっぱりだんだん答えが出なくなってきた。何をしても。これがあれなのかな、終わりなのかなと。

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