【歴代巨人担当記者が語る阿部】ミスター勇退での涙が成長の糧

[ 2019年9月25日 08:45 ]

01年4月、横浜戦でプロ1号本塁打を放ち、長嶋茂雄監督(右)、原辰徳コーチ(左)の出迎えを受ける阿部
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 めげない。くじけない。決して明るさを失わない。01年のプロ入り当時、阿部と話すたびにそう思った。

 「俺、城島さんのようになりたいんですよ」。輝いた目で言った言葉が忘れられない。

 新人でいきなり開幕マスクをかぶり、正捕手を任された。リード面では相当苦労していた。工藤、桑田ら百戦錬磨のベテランや、くせ者のメイもいた。誰が捕手をやっても大変だったが、長嶋監督は「次代を担うプレーヤーを育てるのが使命」と使い続け、阿部も泣き言は言わなかった。

 01年は優勝できず、長嶋監督はユニホームを脱いだ。阿部は「俺のせいで監督が辞めちゃったよ」と泣きじゃくった。新人捕手のせいではないが、強い責任感を感じたし、つらい体験が成長させたと思う。経験を積むことでインサイドワークは磨かれ、憧れの城島のように球界屈指の「打てる捕手」になった。

 主将としても同僚を褒めるときは褒め、叱るときは叱った。記者にも良い原稿は良い、悪い原稿は悪いとはっきり言う。試合の原稿で褒められ、うれしかった。プライベートな部分を書いて説教され、記者として襟を正すこともできた。(99~01、04、07年巨人担当・飯塚 荒太)

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