【令和新時代 夏のメモリー】明石商・河野、人生変えた高校野球「こんな身勝手な僕を…」

[ 2019年8月21日 08:45 ]

第101回全国高校野球選手権大会 準決勝   明石商1―7履正社 ( 2019年8月20日    甲子園 )

7回1死、中飛に倒れる明石商・河野 (撮影・後藤 大輝) 
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 ベンチで大声を張り上げた。9回2死。最後かもしれない打席で代打を送られた。でも、後悔などない。明石商・河野光輝は、必死に仲間を激励し続ける。こんなふうになれたのは、支えてくれる人のおかげだった。

 「負けたけど、一番楽しい試合だった」。1―7。自身も3打数無安打。今春までなら自分勝手な思いを態度に出していたかもしれない。今は素直にそう言えた。

 今年センバツ。遊撃の守備でミスを連発し、結果も出せず、どうしていいか分からなかった。やりきれない思い。それが態度に出て、狭間善徳監督に厳しく怒られた。スタメンを外され、今夏の兵庫大会は背番号16。でも、河野には叱ってくれる人がいた。「こんな身勝手な僕を監督もコーチも見捨てず、練習でも重宮(主将)が言ってくれる」。いつしか支えてくれる人の気持ちを考えられるようになった。

 背番号6で戻ってきた甲子園。グラブに「fantasista」と書き込むように、感性でプレーする河野に“心”が加わった。人の気持ちを考えられる“心”だ。「高校野球は僕の生き方を変えてくれた」。この日も劣勢の中、応援してくれる人に応えるため、仲間と諦めずに戦った。だから楽しかった。

 平成元年の準決勝。スポニチ本紙掲載の阿久悠さんの「新甲子園の詩」には「“ぼくの甲子園は”と語れるものを持ち帰って貰(もら)いたい」とある。令和元年の準決勝。河野には、いつかこう語る日が来るかもしれない。「甲子園は人生を変えてくれた場所」――と。(秋村 誠人)

 ≪平成に続き勝てば初V≫阿久悠さんが平成元年夏の準決勝で取り上げたのは、延長10回の末に仙台育英に敗れた尽誠学園・塩田道人選手だった。9回に代打で同点の口火を切る二塁打を放つと、10回は最後の打者に。ラストシーンの主役として「きみなしでは語れないドラマが構築されたのだ」とつづった。同大会の決勝は仙台育英と帝京が対戦。延長10回の末に帝京が勝って初優勝しているが、令和元年の決勝もどちらが勝っても初優勝の顔合わせとなった。

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