【市川いずみの届け夏エール】明石商の団結、宮口君をもう一度マウンドに

[ 2019年8月21日 05:30 ]

第101回全国高校野球選手権大会 第13日準決勝   明石商1―7履正社 ( 2019年8月20日    甲子園 )

<履正社・明石商>準決勝で敗れ中森(右)とともにアルプス席の応援団のもとへあいさつに向かう宮口(撮影・大森 寛明)
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 「すべて宮口のおかげ」。明石商・狭間善徳監督はこの夏、聖地のマウンドに立つことのなかった右腕を称えました。宮口大輝君は昨秋の近畿大会で選抜出場へ導く好投。しかし、年明けに右手中指の靭帯を損傷。制球難となり選抜では2回戦・大分戦で先発も27球で降板。後を継いだのは後輩の中森君でした。同じ下宿先の2人。食事はいつも隣、周囲が双子というほど仲良しですが、エースを争ったライバルです。ブルペンでは「先に投げ終わりたくなかった」と口を揃え切磋琢磨してきました。

 「ボールを触りたくないほど辛かった」。怪我の影響で選抜以降、宮口君は本来の投球ができなくなりました。でも、チームは「宮口をもう一度、マウンドに」を合い言葉に団結。中森君も「絶対戻ってきてくださいよ」と支えてくれました。夏の兵庫大会。宮口君はスタンドで声援を送りながら、中森君の言葉を励みに練習を続けました。甲子園出場を決めた直後のスタンドでは、何かにすがるように一人でゴミを拾いました。その翌日。指揮官の前で復活の投球を披露し、背番号12を掴みました。

 大会中「絶対投げる場面があるから覚悟しておけ」と言われ続けましたが、僅差の試合が多く叶いませんでした。「中森のマネジャーなんで」。サポートに徹しながらいつも照れ笑いだった顔は「1年からずっと背番号を貰ったのに最後まで役に立てず申し訳ない」と涙でくしゃくしゃになりました。そして150球を投げ抜いた中森君へ「あいつがいなかったら途中で諦めていた。感謝です」と言葉をつなぎました。

 試合後、選抜の時にも「任せて下さい」と言ってくれた2年生エースから「すみません」と頭を下げられた宮口君。沢山の言葉はいりません。一言ねぎらいポンとお尻を叩きました。「ナイスピッチ」―。

 ◆市川 いずみ 京都府出身のフリーアナウンサー。山口朝日放送時代に高校野球の実況で「ANNアナウンサー賞最優秀新人賞」を受賞。高校野球検定に合格し、自宅に甲子園の土を飾るほど生粋の高校野球好き。

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