楽天・寺岡 7回2死三塁でデスパ斬り!“強心臓”3年目右腕、今季8戦防御率0.00

[ 2020年9月21日 05:30 ]

パ・リーグ   楽天3―2ソフトバンク ( 2020年9月20日    ペイペイD )

<ソ・楽>7回、2番手で登板した寺岡(撮影・中村 達也)
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 信頼の証だ。2―1の7回。楽天の2番手・寺岡が2死三塁のピンチを招くと、代打・デスパイネがコールされた。伊藤投手チーフコーチから三木監督の指示が伝えられた。

 「どんどん勝負しろ」。一発を浴びれば逆転の場面。申告敬遠で次の周東と勝負させるのがセオリーである。

 「歩かせる相談かと思ったら、勝負していいと言われた。そりゃ、行くしかないでしょ」。3年目右腕は燃えた。力ない右飛に打ち取ったのは、縦に大きく割れるスライダー。右対右の場面で最も得意な変化球が威力を発揮した。さらに自らを「強心臓」と言い切る男の気迫が勝った。

 福岡県出身。ペイペイドームは少年時代に野球観戦に訪れた思い出の球場で「最初に買ったTシャツは城島(健司)さんでした」。前日が初の凱旋登板。1点を勝ち越した直後の7回から登板し、2/3回を無失点に抑えた。この日も1点を勝ち越した直後の7回。続けて1点差の終盤に起用される「大出世」を遂げ、地元に錦を飾った。

 苦労人だ。BC・石川を経て17年ドラフト7位で入団したが、1年目のオフに戦力外となり育成で再契約。それでも昨年は2軍でチーム最多の51試合に登板し、7月には支配下に返り咲いていた。今季は1軍で8試合に登板し防御率0・00。首位・ソフトバンクに勝ち越す2連勝に貢献し、昨季は2軍監督として指導した三木監督は「勝ちゲームで力を出してくれるのはありがたい」と目を細めた。

 「勝利の方程式」を担っていた森原やシャギワは2軍調整中。苦しい状況だからこそ、寺岡の存在感は日に日に大きくなっている。「勝ちパターンで投げるのが最終的な目標」。3位からの上位浮上にはハングリーな「三木チルドレン」の力が必要だ。 (重光 晋太郎)

 ◆寺岡 寛治(てらおか・かんじ)1992年(平4)12月3日生まれ、福岡県出身の27歳。粕屋東中から野球を始める。東海大五2年時に右肘を痛め、外野手に転向。九州共立大進学後に手術を受け、九州三菱自動車で再び投手に挑戦。17年にBC・石川に入団した。同年ドラフト7位で楽天に入団。18年オフに育成選手となり、昨年7月に再び支配下選手となった。1メートル80、89キロ。右投げ右打ち。

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