イチロー、シスラー家との絆は今も 孫のドラッコルマンさん「ミスター・スズキ」に感謝

[ 2019年3月24日 10:00 ]

緊急連載 イチローのレガシー(2)

04年シーズン最多安打記録を更新したイチロー(右)と(左から)ウィリアム・ドラッコルマンさん、シスラーの長女フランシスさん
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 2004年にシーズン最多安打記録を84年ぶりに更新されたジョージ・シスラー(ブラウンズ)の孫、ウィリアム・ドラッコルマンさん(72)はスポニチ本紙の取材に応じ、イチローに感謝の言葉を贈った。

 イチローの引退はミズーリ州セントルイスの新聞でも報じられた。「もう彼のプレーを見られないのは悲しいが、これまでこんなに頑張ってきたのだから、少し休んでほしいと思っています」。ジョージ・シスラーの孫、ウィリアム・ドラッコルマンさんは、本紙の取材にそう話した。

 イチローが米球界に残してきた功績の一つが、忘れ去られていた19世紀末から20世紀初頭の伝説の打者を次々に現代によみがえらせたことだ。01年にはジョー・ジャクソンの新人最多安打記録(233安打)を90年ぶりに更新。09年には9年連続200安打を達成し、ウィリー・キーラーの記録を108年ぶりに塗り替えた。そのたびに過去の大記録に再びスポットライトが浴びせられた。

 04年10月1日、シスラーの親族はマリナーズの本拠セーフコ・フィールドに招待された。その前でイチローは、シーズン最多安打記録を84年ぶりに更新する258安打目を放った。その直後、スタンドに駆け寄り、シスラーの長女フランシスさんと固い握手をした。

 母と一緒にその瞬間を目撃したドラッコルマンさんは、12歳まで祖父の記録は知らなかったという。「祖父は自慢話が好きじゃなかったから、孫にも、自分がスター選手だった話をしなかった。私たち一家は記録を抜かれても、がっかりすることはなかった。全ての記録は破られるためにある。15年前、シスラーの名前が再び世に出て、みんなが祖父のキャリアについて熱く語ってくれたのがうれしかった」と話す。

 ドラッコルマンさんは敬意を表し「イチロー」ではなく「ミスター・スズキ」と呼ぶ。そして、後日談を明かしてくれた。10年、フランシスさんが87歳で他界。それを知ったイチローから白いバラのブーケが届いたという。「何より、ミスター・スズキが母のことを覚えていて、母のためにブーケを贈ってくたことに感激した。本当の紳士だなと」

 イチローはセントルイス遠征の際、たびたびシスラーの墓を訪れている。かつてこう話したことがある。「シスラー選手が亡くなったのは73年3月。その秋(10月)に僕が生まれた。ちょっと特別な思いがあります」。イチローとシスラー家の絆は今も続いている。(特別取材班)

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