重量挙げ・三宅宏実 メダル逃し引退 最後の“タイトル”は21年蜜月の日々

[ 2021年7月24日 15:02 ]

東京五輪第2日 重量挙げ女子49キロ級 ( 2021年7月24日    東京国際フォーラム )

<女子重量挙げ>最後の試技を失敗し、悔し気な表情を見せる三宅宏実(撮影・北條 貴史)
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 重量挙げ女子49キロ級の三宅宏実(35=いちご)は、スナッチで74キロを挙げたが、ジャークは99キロを3度失敗し、記録なしで終了。メダルには届かなかった。日本女子では柔道の谷亮子さん以来、史上2人目となる五輪5大会連続出場。12年ロンドン銀、16年リオデジャネイロ銅に続く3大会連続のメダルには届かなかったが、死力を尽くして現役ラスト舞台を終えた。

 00年シドニー五輪を見て心を奪われ、競技を始めた。伯父の義信氏は64年東京大会金メダリスト、父で師匠の義行氏は68年メキシコシティー大会銅メダリスト。「伯父が金を取っているし、東京には縁を感じる。父や伯父の存在があったから、負けないよう頑張りたいと思っていた」。ピアノや軟式テニスに打ち込んでいた少女は、秘められた才能を開花させ、長年世界のトップで戦ってきた。

 昨年3月、新型コロナウイルスの影響で五輪の1年延期が決定。腰や足などに痛みを抱え、満身創痍の中で大目標が先延ばしとなって絶望した。涙が止まらなかった。失意で戻った実家。21年前に初めて触った思い出のバーベルを持ち上げ、床が抜けてしまわないよう、ゆっくりと下ろす練習を繰り返した。「原点に戻れる時間だった」。再び前進するきっかけになった。

 深刻な腰痛を抱えて臨んだ16年リオ。スナッチ2度失敗という崖っぷちからの逆転銅メダルを「奇跡」と言う。あれから5年、ささやかな奇跡が三宅を包んでいた。リオ以降、傷だらけの体で納得の練習が積めなかったが、6月に笑顔で明かした。「今、練習が楽しいです!」と。

 三宅宏実。プロ野球の落合博満とバースが3冠王となった85年に生を受け、うかんむりが3つ続く名前を授けられた。ロンドン銀、リオ銅。残った金メダルには届かず、現役生活に終止符を打ったが、どの一瞬を切り取っても悔いはない。

 「こんなに好きになれるものに生涯、出合わないだろうな」

 21年に及ぶ競技との蜜月の日々が、最後のタイトルだった。

 ▼三宅宏実「しばらくは重いものは持たない。ひとまず、出し切っちゃった。ガス欠です」

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