自転車ロード新城幸也は35位“自転車バカ”万感舞台「最高だった」

[ 2021年7月24日 19:33 ]

東京五輪第2日 自転車ロード男子 ( 2021年7月24日    武蔵野の森公園~富士スピードウェイ=244キロ )

男子個人ロードレース 観客の応援を受け、35位でゴールに向かう新城幸也(右から2人目)
Photo By 共同

 3大会連続出場の新城幸也(バーレーン・ビクトリアス)は6時間15分38秒で35位だった。「最高だった。これ以上はできないというくらいのレースだった。やりきった。全く緊張はしなかった。たくさんの応援があって力になった。こんなに日の丸を見たレースはない。それだけでうれしかった」。日本の第一人者は、自国のロードを疾走した。

 振り返れば、1枚の航空チケットから全ては始まった。沖縄・石垣島に生まれた18歳の島人(しまんちゅ)は、人生の岐路に立っていた。大学受験に失敗。八重山高時代はハンドボールに打ち込み、片手間でトライアスロンに参加していた新城は「1年も予備校通うの面白くないと思った」。父の知り合いのロードレーサー福島晋一に、冗談交じりでメールを送った。

 「自転車選手ってキツいですか?」

 「もちろん大変な仕事だけど、いろんな人に応援してもらえる良い仕事だよ」

 新城の才能を見込んでいた福島は、航空券の費用を負担する形で福島の拠点でもあるフランス留学を勧めた。卒業式から間もない3月から、期間は3カ月。沖縄から出たことがない新城は、急きょパスポートを作成して、ノルマンディーへ旅立った。「人生を変えるチケットだったかも」。新城は振り返る。

 自転車の練習も、その生活も全てが新鮮だった。「毎日が楽しかった。寝て起きたら強くなっていた」。3カ月後、再び石垣島へ戻ると、両親を説得した。「3カ月で終わりじゃなくて自転車選手目指すから。大学に行くと思って、4年間だけサポートしてくれ」。その言葉が、ロードレーサー・新城幸也の出発点だった。

 再び渡仏し、武者修行。2年が経過した05年には、全日本選手権の23歳以下のタイムトライアルを制覇。「いきなり帰国して優勝したもんだから、誰も知らなくて“しんじょうこうや”って間違えられて(笑い)。4年目には日本のプロチームと契約。だから(大学の)4年より早かった。(親の)サポートの1年が浮きました」と振り返る。

 09年には誰もが憧れる「ツール・ド・フランス」で日本人初完走。数々のグランツールを完走し、ロンドン、リオ五輪にも出場。いつだって新城は本能に従う。「果てはないですね。こんな言い方はアレかもしれないですけど、自転車選手ってバカなんですよ(笑い)。1回勝ったら、もう1回勝ちたくなる」。36歳でもなおペダルをこぎ続ける原動力。それは少年のような純粋な気持ちだった。(大和 弘明)

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