【アニ漫研究部】印刷会社描いた漫画「刷ったもんだ!」“詳しすぎるお仕事コメディー”の魅力

[ 2023年2月11日 10:00 ]

「刷ったもんだ!」の1場面。2コマ目が主人公の真白悠。(c)染谷みのる/講談社
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 人気の漫画やアニメを掘り下げる「アニ漫研究部」。今回は印刷業界を描く漫画で、講談社の漫画サイト「モーニング・ツー」で連載中の「刷ったもんだ!」を手掛ける染谷みのる氏にお話を聞きました。印刷会社で働く女性を主人公とする“お仕事コメディー”ですが、業界事情や印刷技術の解説が濃密すぎると話題です。

 「刷ったもんだ!」は印刷会社に入社した真白悠(ましろ・ゆう)が、難しい仕事やトラブルを乗り越えながら成長していく物語。印刷技法や印刷機器、社内の部署間の関係や仕事の流れ、業界事情などの描き込みは過去のお仕事コメディーにないほど丁寧で膨大だ。

 「刑事さんやお医者さんなどと違い、多くの人が知っている職業ではないので、解説は多くなってます。印刷業界からは“細部に至るまでリアルに描かれている”と好反応を頂く一方で“マニアック過ぎて一般の人に受け入れられるのか”と心配もされました(苦笑い)。でも、ありがたいことに業界外のご意見も“身近な印刷物が出来上がっていく過程を知ることができて面白い”などと、好意的なものが多くてホッとしてます」

 コミックマーケット(コミケ)などで販売される、同人漫画誌の印刷についても描かれる。締め切りを過ぎた入稿を割増料金を払うことで依頼する「極道入稿」をめぐるドタバタも描かれる。

 「同人誌を描く方からは“胃が痛くなる”とか“そんなに迷惑を懸けてしまったのかと胸が締め付けられる”などのコメントもありましたね(笑い)」

 情報量の多さは、染谷氏自身が印刷会社に勤務した経験があるためだ。「デザイン課」で印刷物のデザインを担当していたという。

 「そこまで長く働いたというわけではないので、偉そうなことを描いてすみませんという思いです。退職後も交流を続けている人から話を聞いたり、改めて印刷会社を取材して描いています。働いていた時には見えなかった、他部署の人の苦労なども分かるようになりました。“あの時はイライラしてすみませんでした”と思うこともあります(苦笑い)」

 昨年12月発売の最新単行本8巻では「全日本職人技能チャンピオンシップ」で、各社代表の印刷マンが腕前を競う模様が描かれた。インクを練り合わせて指定の色を再現し、オフセット印刷機を使ってポストカード1000枚を印刷。その出来を競い合う。モデルは実在する「技能五輪」。印刷だけでなく「タイル張り」や「配管」のほか「西洋料理」や「テーブルサービス」など、さまざまな部門が設けられている。

 「実際の技能五輪も、概ね漫画で描いたような感じです。ただ、各社代表がそれぞれ同時に印刷機を動かしているのは、漫画的に面白いからと変更したフィクションで、実際には1つの印刷機を順番に使います。技能五輪は国際大会まであり、そこまで描くことも検討しましたが、新型コロナウイルスの流行で海外取材が難しい状況もあって断念しました。昨年、上海で行われた大会では日本の方が4位になってるんですよ」

 印刷会社には「古き良き昭和の香りが残っている」という。大きな機械を扱う印刷や製本の部署は“モノ作り”にこだわる職人気質の社員が多かったと振り返る。一方で、パソコン画面と向き合うデザインの部署もあり、他の多くの業界にもある企画や営業の部署もある。

 「部署ごとに雰囲気が違い、考え方も違うからぶつかり合うこともあります。それはどこの会社でも同じかもしれません。元々“会社員あるある”のようなことも描きたかったので、登場人物の多さに助けられている面はありますね」

 作品の登場人物では「青井美千代」に自身を投影した部分もあるようだ。午後5時に定時退社し、自宅では同人漫画の執筆にいそしむキャラクター。いつもピリピリした雰囲気の“切れキャラ”で、穏やかな語り口の染谷氏と対照的に思えるが「近しい部分はある」という。

 「私も定時は守りたい方でした。極力早く帰りたかったです。家に帰って作品制作に打ち込んでいたのも同じです。同人誌を印刷所に発注して、その流れで興味を持って就職…という人も印刷会社には結構いる印象です」

 主人公の真白悠は元ヤンキーで、学生時代に周囲から孤立したトラウマを抱えている設定。デザイン課の同僚ながら、ライバル会社の御曹司でもある黒瀬宏文との関係も見どころの1つ。当初は何でも1人で抱えがちだった真白と、仕事はできるが周囲に溶け込もうとしなかった黒瀬が、職場の仲間と力を合わせて仕事をこなす中で距離を縮めて行く。

 「私的には、早い段階で“もう付き合っていいんじゃないですか?”と担当編集者さんとの打ち合わせで話したこともあるんですが“待て”が掛かりました。(2人の関係が)どう転んでも、どうにかなるとは思っていますが、どうなるのが良いんだろうとずっと考えながら進めている感じです」

 当初は「印刷会社の一年を描ければ」との思いで2020年1月に週刊モーニング(講談社)で連載をスタート。掲載媒体を漫画サイト「モーニング・ツー」に移し、連載は4年目に突入した。

 「漫画内でも一年が過ぎ、真白も後輩ができました。でも、まだ描きたいと思うこと、描かなきゃいけないことはたくさんあると感じています」

 次回は「刷ったもんだ!」の、よりディープな魅力や染谷氏の漫画家人生、今後の目標などを語っていただきます。

 ◇染谷 みのる 漫画家・イラストレーター。奈良県出身。主な作品に「サンタクロースの候補生」(芳文社)、「君はゴースト」(祥伝社)。

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