オダウエダ小田 眉毛全剃り、補導…グレた過去とそのワケ 母に車で8時間かけて連れて行かれた場所

[ 2022年7月2日 12:33 ]

オダウエダ・小田結希公式インスタグラム(@odauedaoda)より

 昨年女芸人No.1決定戦「THE W 2021」を制したお笑いコンビ「オダウエダ」の小田結希が1日放送のテレビ朝日「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(前0・50)にゲスト出演。ヤンキー時代に母との確執から駆け込み寺に2度入ったことがある過去を明かした。

 16歳でグレて非行に走り、金髪で眉毛全剃りのヤンキーとなった小田は母親の手に負えなくなり、平成の駆け込み寺と呼ばれる愛知の「西居院」に入れられた。

 「当時私はお母さんと毎日けんかしてすごい確執がありました」。小田が8歳の時に両親が離婚。母は女手一つで3姉妹を育てるため、老人ホームを経営していた。姉2人は成績優秀で母とも仲良しだったが「私だけ勉強ができず、母とも仲が悪かったです」。中1の時、彼氏がグレたことから自身もグレ始めたが、母は「2人の姉も普通に育っているし、うちの子は大丈夫」と思っていたという。小田は「親子の会話が減ったり、無視し始めたり。話しかけられてもうるさい!ってなったり」と日に日に溝ができていったと振り返った。

 さらに中2の夏に1週間以上も家出し、警察に補導される事態に。母から「お姉ちゃんと同じように勉強頑張れるよね!」と毎日のように言われ「親の期待の重圧から逃げたくなったのがヤンキーになるきっかけとなった」と家出した経緯を語った。

 昼間は老人ホームで働き、夜は小田のことが心配で朝まで待っていた母に「死ね!」と暴言を吐き、これを聞いた母は駆け込み寺に入れる覚悟を決めたという。珍しく母から「一緒にご飯を食べに行こう」と誘われ、空腹でついていったところ、車で8時間かけて駆け込み寺に連れていかれることに。「インターでさすがに気づいて脱走を試みた。捨てられると思って、聞いたら駆け込み寺に連れて行くと言われて」と無言の長距離ドライブの末に寺へ到着した。

 寺の住職に母との確執を全て話すと、「つらかったな」と声をかけられたという。「(住職は)すごい笑顔で。忖度がなかったんです。初めて寄り添ってくれる大人に出会った」と回想。お寺では同じような境遇の人たちと共同生活となるだけに不安を覚えていたが、住職がメンバーの過去を包み隠さず紹介してくれて「すぐに仲良くなれました」。駆け込み寺では女子4人、同部屋で雑魚寝。朝10時起床、22時就寝。学校がある子は学校の時間に合わせて起きる。当番でご飯を作り、洗い物、洗濯ものも自分でやる、友達を呼ぶの禁止、外泊禁止のルールのもとで暮らした。

 慣れない家事もメンバーに教えてもらいながらこなした。住職からは毎日のように「自分の問題から逃げるな」と言われ、3カ月後、「地元に戻って学校に行きたい。でもお母さんには会いたくない」と気持ちになったという。住職の後押しもあり、実家の近所にあるいとこの家で生活しながら学校に通うことを決意。迎えに来た母とは3カ月ぶりに対面。汚い金髪から黒髪になっていた小田を見て、母は「娘は努力して変わった。私も変わらないと」と自分の考えを押し付けることをやめる努力を始めたといい、駆け込み寺生活は親子の関係を変える大きなきっかけとなった。

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2022年7月2日のニュース