【内田雅也の追球】「タイガースの野球」 「守りの野球」という30年前の「教科書」

[ 2020年8月26日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神5-1中日 ( 2020年8月25日    甲子園 )

<神・中(10)>  6回、2死、高橋のゴロを一塁へ送球するボーア    (撮影・成瀬 徹) 
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 阪神球団事務所の書庫には今も眠っているだろう。『タイガースの野球』と題した文書である。作成の指揮をとった当時球団社長の三好一彦は「マニュアル」「教科書」と呼んでいた。

 三好の球団社長就任は1990年12月。当時から描いていた教科書作りは本拠地・甲子園球場のラッキーゾーンを撤去した1991年12月から本腰を入れた。

 「誰が監督でも変わらない、タイガースが目指すべき野球を文書として残しておきたい」

 93年には球団社長付で招いた元西鉄捕手、西武コーチの和田博実に編集を指示した。96年には元選手・指導者のユニホーム組、西山和良、横溝桂を球団取締役に登用し、意見を集めた。大リーグ通で知られ、監督頼みではなく、「チーム作りはフロント主導」という基本精神を持っていた。

 教科書は見せてもらえなかったが、三好はよく語っていた。「広い甲子園を本拠地にセンターライン(捕手―二塁手・遊撃手―中堅手)を固め、投手を中心とした守りを野球を目指す」。チーム打率2割6分、同防御率3・50……など具体的な数値も掲げていた。

 三好は98年10月、成績不振から退任となった。志半ばだった。あのマニュアルはどうなっただろう。今では知る者もいないのではないか。

 ただし、目指す野球は昔も今も変わらない。甲子園では多くの本塁打は望めない。広いだけでなく、浜風も六甲おろしも吹く。「ピッチャーズ・パーク」(投手有利の球場)である。内野は土、外野は天然芝で守備の負担は屋根付きドームや人工芝球場よりも大きい。だから、守りがより重要なカギを握るのだ。

 この夜は、その「守りの野球」ができた。

 遊撃手・木浪聖也は4回表先頭、ソイロ・アルモンテの後方への飛球をダイビングして好捕した。着地の際の衝撃で、しばらく起き上がれないほどだったが、ボールは離さなかった。5回表2死二塁のピンチでも平田良介の三遊間ゴロを逆シングル―ワンバウンド好送球で刺した。

 6回表はジャスティン・ボーアが一塁線ゴロを好捕好送球した。ボーアが打球に食らいつく守備は今季幾度か見られる。5回表の高橋遥人バント処理、7回表の近本光司の後方へのライナー性飛球も簡単な打球ではなかった。

 監督・矢野燿大も試合後のインタビューで「しっかり守れていましたし、タイガースらしい野球ができた」と話していた。

 もちろん、拙守に悩み苦しむ試合もある。チーム失策数は55試合で40個とリーグ最多。今季は120試合制だが、近年の143試合で換算すれば104個で、昨季の102個を上回るペースだ。数字は残酷だが、チームとして「守れれば勝てる」と再認識した夜だったと言える。

 夏の長期ロード明け初戦だった。高校野球交流試合で球児に明け渡した甲子園での試合は今月6日以来19日ぶりだった。

 待っていた甲子園は、ひたむきに、しっかり守る猛虎たちを温かく迎えてくれた。これが甲子園の、そしてタイガースの野球である。=敬称略=(編集委員)

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